コラム

平等院鳳凰堂を「金ピカ」にしてもいいのか?

2013年07月11日(木)15時03分

 国宝である宇治の平等院鳳凰堂が大改修されているというのは知っていましたが、創建時の原色の塗装を施して瓦も色の濃い新しいものに変え、更には屋根の鳳凰には金箔を貼るというのを聞いて、私は少々驚きました。

 理由は色々と推察ができます。1つはコストの問題です。年月の重みによって色あせて傷んだ寺社の建物を、痛みや「くすみ」を再現しつつ補強するというのは手間も費用もかかるはずです。単純に鮮やかな色で塗ってしまった方がコストダウンになる、更には今後の経年変化が抑えられるという点が考えられます。

 一方で「創建時の再現」がアリだということになれば、遺構しか残っていない建物の「再建」もアリということになります。例えば同じように「ピカピカ」に作った平城宮の朱雀門や大極殿のように「客寄せのハコモノ」ビジネスが拡大できるという「昨今のカネの使い方」のトレンドに乗っている面もあると思います。

 もう1つは、観光ビジネスの主要なマーケットの変化です。少子化で修学旅行生が半減し、団塊の世代の活動がスローダウンしていくとなると、古都観光ビジネスの主要な対象層としては、中国や韓国など東アジアの仏教文化圏からの観光客になります。彼等は、古寺の「崩れ」や「くすみ」に美を感じる文化とは異なり、創建時の極彩色を好む傾向にあります。

 最後にこれに、昨今の「反知性主義」的な風潮が重なります。平安時代を描いたTV時代劇に「ホコリまみれのリアリズム」で演出を施すと「美しくないし分かりにくい」などと文句を行う政治家がいたり、歴史的なイベントにも「マーケティング」が必要だから「ゆるキャラ」を設定したりというように、「歴史に必要な前提知識や文化の理解」を粘り強く伝えるのは「バカな大衆にはムリだろう」という、それこそ大衆を蔑視した風潮があるわけです。

 日本の文化財行政当局としては、大幅なコストダウンになり、昨今の風潮に合わせることが出来れば一石二鳥と考えたのでしょう。

 ですが、やはり私には違和感が残ります。以下、その理由を述べます。

 まず、日本文化の重要な要素である「わび、さび」という価値観に対する否定だということです。年月を経て色が「くすみ」形が「崩れ」たものの持つ「さび」という価値は、新しい色の塗料を塗ることで消えてしまいます。また、真新しい瓦の上に金箔で彩られた鳳凰を飾るというのは、質素単純なものに美を見出す「わび」という価値の対極にあるものと言えます。

 鳳凰堂というのは、例えば禅宗の思想を反映した慈照寺の「銀閣」などとは違い、「わび」や「さび」の価値を代表する建物であったとは言えません。ですが、そもそもは藤原摂関家の栄華を極めた道長の別邸として建設されたという「権力とカネ」の象徴であった建物が、千年という年月を経て「くすみ」や「崩れ」を獲得することで、金ピカの貴族趣味が浄化されていったのは事実であり、それを元に戻すというのは安っぽい行為だと思います。

 ただ、道長やその子の頼通が、拝金主義としてこの鳳凰堂を作ったというのは少々言い過ぎです。当時の日本は戦乱こそ畿内では多くはなかったものの、天災や疫病などの痛苦から人々は「末法の世(世も末)」だという不安感や悲嘆の感情に支配されていたと伝えられます。現世が不安だから「美しい庭園と建物を極楽浄土に見立てたい」という願望が生まれたと理解ができます。

 その藤原摂関家の栄華というのは、結局は没落していくのです。白河、鳥羽の院政に負け、平氏政権、鎌倉政権に負けて行く中で、摂関家の社会的地位はどんどん下がって行き、二度と政治経済の中心に復活することはありませんでした。そうした「形あるものは滅びる」という「無常感」の感覚が「わび、さび」の美意識に重なり、更には日本文化のもう一つ重要な価値である「もののあはれ」に通じているとも言えます。

 浄化というのはそういうことであり、それがこの鳳凰堂という建物の特殊性になっているのだと思います。鮮やかな塗装と瓦、そして金箔は、そのような歴史の重みを消してしまうと同時に、「わび」「さび」「無常感」という日本文化の重要な価値観を衰退させてしまう、私はそれを恐れるのです。そもそも鳳凰堂というのは日本の寺社建築としては大変に「華やかなデザイン」であり、池と庭の季節感の中でバランスするには、建物自体は色あせているぐらいが丁度いいバランスになるとも思われます。

 勿論、何でも色あせていれば良いというわけではありません。例えば伊勢神宮は、今年が式年遷宮で「真っさらの新しい社殿」に建て替えつつあるわけですし、厳島神社や伏見稲荷などは鮮やかな朱色でもいいわけです。それは、こうした神社は現代でも人々の信仰の対象になっているからです。文化財である前に宗教施設であり、もっと言えばハードだけでなく、ソフトに関しても無形文化財的な中身があるわけです。

 一方で、鳳凰堂という建物に関しては、どちらかと言えば宗教施設であるというよりは文化財であり、文化ということで言えば、長い年月が加わったことによる経年変化も含めた「わび」「さび」が乗っているのではないかと考えられます。つまり、人々は、鳳凰堂には千年という長い時間、つまり間に武家の文化を挟んだ遙かな過去と現在の「遠近感」の中で向き合うのであり、現在形での宗教心の対象として向き合うのではないと思います。

 一部の報道には、今回の大改修で「極楽浄土を現代に再現する」などという表現もありますが、違うと思います。確かに現代の社会にも終末思想や厭世観はありますが、ピカピカの鳳凰堂を見れば救われるというような単純な精神構造は現代人には無縁だからです。いずれにしても、文化財行政として巨額の助成をするのであれば、広範な議論が必要と思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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