コラム

「例外対応」のできるサービス業は贅沢なのか?

2013年03月08日(金)14時25分

 CNN電子版の報道によれば、今年の1月24日にユナイテッド航空では、乗り継ぎ便に遅れると「母親の死に目に会えなくなる」と取り乱した乗客のために「臨機応変」な対応をしたのだとそうです。この日の「サンフランシスコ発ヒューストン行き」の便が遅延した際に、わざわざヒューストン発のラボック行きの出発を待たせる対応をしたのです。

 この乗客は、ケリー・ドレイクという男性で、母親が危篤という知らせに急いで飛行機に乗ったのですが、サンフランシスコの出発が40分遅れとなり、「これでは乗り継ぎ便に間に合わない」と涙を流していたそうです。フライト・アテンダントがドレイクさんの尋常でない様子に気づいて事情を聞いた結果、ヒューストン便の機長からラボック便の機長へ連絡が行き、これに中継地のヒューストンの地上スタッフが協力したのだと言います。

 ドレイクさんの母親は、その日の翌朝未明に亡くなったそうですが、その前に意識のあるうちにドレイクさんは母親に言葉をかけることができたそうです。感激してユナイテッドに礼状を書いたところ、ユナイテッドでも社内報で取り上げたことから、CNNが取材して明らかになったというわけです。

 個人的な話で恐縮ですが、私はユナイテッド航空については、同社の80年代からの紆余曲折に関しては、近年のユナイテッドとコンチネンタルの大型合併に至るまで、ひと通り知っているつもりです。その私には、旧ユナイテッドのハブ空港であるサンフラン発の便のクルーと、旧コンチのハブであるヒューストンのクルーが、ここまで連携ができたということと、その旧コンチの方は会社として特に「定時発着」へのこだわりが厳しかったことを考えると、感慨深いものがあります。

 こういう「例外対応」とか「柔軟性」あるいは「臨機応変」というべき行動は、アメリカの文化では基本的に称賛されることが多いと思います。今回の件では、そのためにラボック便が遅れたということに関して他の乗客はどう思ったのか気になりますが、恐らくは納得がされたのだと思われます。

 ですが、同じアメリカでも「臨機応変」ができなかったケースもあります。今週の前半、各局のTVニュースで報じられたののは、カリフォルニアでのショッキングな事件でした。ある老人福祉施設で、発作による心肺停止になった入居者があり、看護師が911(緊急番号、日本の119と110番を兼ねたもの)に電話をしたのですが、オペレータから救急車が着く前にCPR(心臓マッサージなどの心肺蘇生術)をするように指示された看護師は「責任が持てない」としてCPRの実施を拒否したのです。

 結果的にその入居者は死亡してしまいました。そこで公表された「緊急通話」には、オペレータの「人間の生死がかかっているんですよ! できないんですか?」と叫ぶ声と、あくまで「できない」と拒否する看護師の生々しいやり取りが記録されていました。報道のニュアンスは、その看護師への非難一辺倒であったのは言うまでもありません。

 この看護師の話を聞くと、こうした「臨機応変」を重視するアメリカの開放的な文化にも、衰えというか変化が見られるようにも思います。ですが、もしかしたら違うのかもしれません。この老人福祉施設の看護師は、権限が与えられず、また職を賭して良心に従うような行動ができるような処遇も与えられていなかったのかも知れないのです。これに対して、ユナイテッド航空の機長やクルー、地上職員といった人々は、権限を与えられ、また自分の仕事に誇りを持てるだけの処遇も得ていた、だから「臨機応変」も許されたという考え方が可能です。

 特に航空会社の場合で考えると、LCCであればこうした対応は難しかったでしょう。老人福祉施設に関しては、アメリカの場合は特に「特養」のカテゴリの場合は、認知症の進んだ入居者が文句を言わないのを良いことに、相当な「コストダウン」が行われているという問題もよく聞きます。

 そう考えると、「臨機応変」を期待できるサービス業というのは贅沢なものであり、廉価なものの場合は「マニュアルに縛られた」サービスしか期待できないという一般化ができることになります。これは何もアメリカに限りません。日本のいわゆる「サービスの価格破壊」などを見ていますと、益々そんな気になってきます。

 しかしこれは何とも陰うつな考え方です。臨機応変や当意即妙というのはサービスの中でも高価な付加価値であり、カネのない人間にはマニュアル化されたものか、あるいは機械が対応するというのでは、話として暗過ぎます。それ以上に、給料の高い人間には「ヒューマンなやり甲斐を感じるだけの裁量権」があるが、安い給料の人間はあくまでマニュアルに隷従するしかないというのでは、何ともやり切れません。

 一つ考えられるのは、臨機応変が許されるのは元にある価値観が共有されているから、という見方です。ユナイテッド航空の「意図的遅延措置」が許されたのは、「1人の人間が親の死に目に会える」ということに多少の「遅延」というコストをかけても良いという発想が、他の乗客を含む関係者一同に理解される、そのような社会であるという前提があるからです。

 例えば世界中でまだまだ「柔軟な」対応が残っている一方で、日本の航空会社が「機内持ち込み手荷物の制限」に関して、「楽器を例外として認めない」という措置を取っているという問題があるわけです。例えばこの背景には「音楽活動は社会で支援するものだ」という価値観が日本では共有されていない、あるいは「どうして楽器は良くてゴルフバックはダメなんだ」という「別の価値観」も許されている社会だということが言えます。

 つまり、コモンセンスという共通価値が曲がりなりにも生きていれば、それを軸に「例外対応や臨機応変」が可能だが、価値観が多様化してしまった社会ではムリという話です。そう考えると、杓子定規にマニュアルを守る社会の方が実は価値相対主義ということでは先進的で、「ヒューマンな臨機応変」が成立する社会の方が保守的だということになります。

 では、どっちが良いんだという話になるわけですが、私はこの問いには正解はないように思います。ただ、「保守主義とは何か」という話の再定義には役立ちそうですし、また価値観の多様化というのにはコストがかかるという話の例にはなると思います。少なくとも、この話題は「臨機応変なサービスは贅沢」という切り口だけでは済まない問題であると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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