百年にわたる家族の物語から「過去の克服」を探求する『ハイゼ家 百年』
ウドは彼女に恋い焦がれ、結婚を望んでいる。日記から浮かび上がるロージーも最初は彼を想っているが、戦争や戦後の混乱が次第に彼女を変えていく。ドレスデン爆撃で瓦礫と死体を掻き分け、フランス人と偽って外国人収容所で終戦を迎えた彼女は、奔放な男性遍歴を重ねる一方で政治にのめり込むようになり(ウドは手紙で「バカな共産主義のほうが僕より大事なんだろう」と書いている)、やがて大学の研究所で働くヴォルフガングと運命的に出会う。
ロージーはヴォルフガングと結ばれ、兄のアンドレアスと本作の監督トーマスが誕生する。そして60年代、大学で哲学の教鞭をとっていたヴォルフガングと文芸雑誌の編集者となったロージーは、劇作家ハイナー・ミュラーや作家クリスタ・ヴォルフと交流し、シュタージの監視下に置かれるようになる。
東ドイツがナチスという負の遺産とどのように向き合ったのか
では、監督のハイゼは、彼の家族をめぐる個人と歴史の関係になにを見ているのか。ここで思い出す必要があるのが、東ドイツがナチスという負の遺産とどのように向き合い、体制を正当化したかということだ。それは、ラース・クラウメ監督の『僕たちは希望という名の列車に乗った』を取り上げたときにも触れているが、もう一度振り返っておきたい。
ペーター・ライヒェルの『ドイツ 過去の克服』によれば、ソ連の影響が濃くなるに従って、反ファシズムと社会主義的理想の熱意は、抑圧の度を増す体制の実際と相容れなくなった。そこで歴史が歪曲され、ヒトラー政府による権力掌握が、対ソ侵略戦争の準備とドイツ共産党指揮下でのプロレタリア革命の防禦を追及するものであったと、主張された。そして、以下のような記述がつづく。
「このような見方からすれば、ナチ体制の反共産主義がその人種的反ユダヤ主義よりはるかに重要に見えたのも当然であったし、とくにドイツ労働者階級がヒトラー独裁の犠牲者に仕立て上げられ、ドイツ民族はヒトラーに欺かれ、利用されたことになる。この見方には、東ドイツ住民の責任を軽減する効果が大いにあった。この点は、東ドイツの歴史理論がファシズムを資本主義の普遍的な発展問題として解釈することによってさらに強められた」
なぜこのような背景が重要になるのかは、全5章で構成される本作の最終章で明らかになる。そこには、個人と歴史の関係を集約するような引用が盛り込まれている。
90年代にロージーがクリスタ・ヴォルフに送った手紙では、彼女たちが当初ともにシュタージに協力した過去を踏まえ、以下のようなモノローグがつづく。
「私たちはシュタージを信じた。その後シュタージも国家も変容するけれど、わたしたちはそれを認めようとしなかった。(中略)。私が最初から矛盾に気づいていたのは、反ファシズムの家庭で育ったから。でも自分の感覚が信じられなかった。この葛藤に向き合うことができず、私は統合失調症になった」
さらに、ハイナ・ミュラーがベルリンの壁崩壊後の現実について書いた寄稿文「野蛮人の浜辺」にも注目すべきだろう。そこには以下のような表現がある。
「民主化運動からネオナチの襲撃へ。古傷が新たな傷を求める。力が押さえつけられ、抑圧者への革命も行えなかった結果、矛先が弱い者へ向かう。亡命申請者、貧しい外国人、貧者対最貧の者。(中略)ドイツ民主共和国では若者を平等に扱っていた、しかし若者をなだめるためのインフラが破壊され、彼らはいきなり自由市場に放たれた。でも市場は長い目で見ることもなく、彼らの多くをはじきだした」
このモノローグは、本作の導入部と呼応している。本作は1912年、当時14歳だった祖父ヴィルヘルムが、学校の宿題で戦争と権力について書いた作文から始まり、そこには「暴君は国民を啓蒙と知から遠ざけようとする。闇の中にいる下々の者に解放の光がささぬよう」といった表現があるからだ。
ハイゼは、百年にわたる家族の物語から繰り返される歴史を炙り出し、独自の視点で「過去の克服」を探求していると見ることもできるだろう。
《参照/引用文献・記事》A Conversation With Thomas Heise (HEIMAT IS A SPACE IN TIME) by Christopher Reed | hammertonail.com (January 16, 2020)
(C) ma.ja.de Filmprodktion / Thomas Heise
公開:4月24日(土)よりシアター・イメージフォーラム他
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