コラム

アメリカ文明の小宇宙としての図書館『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

2019年05月20日(月)15時00分

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』(C)2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

<世界で最も有名な図書館をつぶさに観察し、その舞台裏に迫るフレデリック・ワイズマンの新作>

以前取り上げた『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』(15)につづくフレデリック・ワイズマンの新作『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』は、世界で最も有名な図書館をつぶさに観察し、その舞台裏に迫るドキュメンタリーだ。そのニューヨーク公共図書館は、観光スポットとしても名高い本館を含む4つの研究図書館と88の分館からなる。

地域と密接に関わり、多様な役割を果たす図書館

アメリカの公共図書館は、地域と密接に関わり、社会のなかで多様な役割を果たしている。『シビックスペース・サイバースペース──情報化社会を活性化するアメリカ公共図書館──』では、その公共図書館の特徴が以下のようにまとめられている。


「地域社会が生み出し、地域社会の全体、すなわちすべての年齢層、あらゆる境遇の人々に対してサービスを提供する機関である公共図書館は、常に社会総体の動向を映し出してきた。それらは、その官と民にかかわる構造、経済状況、政治の現状、および知的、文化的生活などを包含するアメリカ文明全体を大宇宙とすれば、その小宇宙と見ることができる。図書館はより大きな社会との関係でもっともよく理解できるばかりでなく、歴史的にもまた同時代的にも、それを通じて社会的動向のコミュニティ・サービスに対する影響をみるレンズとしての役割をも果たしうる」

51un+U0qm7.jpg

『シビックスペース・サイバースペース──情報化社会を活性化するアメリカ公共図書館──』レイモンド・キャスリーン・モルツ/フィリス・デイン 山本順一訳(勉誠出版、2013年)

本作にはまさにそんな小宇宙を見ることができる。各図書館では、就職フェア、住宅確保が難しい障害者や自宅にネット環境がない住民への支援、中国系住民のためのパソコン講座、シニアのダンス教室など、様々なプログラムが実施されている。エルヴィス・コステロやパティ・スミス、リチャード・ドーキンス博士、タナハシ・コーツといった著名人が招かれ、トークを繰り広げる。

何度となく挿入される幹部たちの会議では、公民協働の手本となるための予算確保の戦略、ベストセラーと推薦図書、紙の本と電子本などをめぐる蔵書構築の方針、デジタル化の推進と従来の環境との統合、ホームレスの利用者への対応といった課題をめぐって、活発な議論が行われている。

奴隷制から現代に至るアメリカの流れというテーマ

本作からは、ニューヨーク公共図書館の多様な側面が浮かび上がってくるが、決してそれだけではない。膨大な映像の積み重ねからいくつかの断片を抽出し、繋いでいくと、奥深いテーマが埋め込まれていることがわかる。そのヒントになるのは「奴隷制」だ。

まず注目したいのは、西アフリカを研究対象とする歴史家ルドルフ・ウェアが、自著で扱った18世紀のセネガル川渓谷で起きた革命、及び奴隷制とイスラム教について語る企画。その要旨は、19〜20世紀の研究者たちによってイスラム教と奴隷制には関連があるとされてきたが、それは史実ではなく作られたものだった。彼らはアフリカとイスラムをおとしめ、自由と解放の思想を白人が独占し、特権化するためにそんなウソをついたが、その思想は欧州起源の人々だけのものではなく、アフリカにも存在した。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

UAE大統領、トランプ氏と電話会談 ガザ停戦を協議

ビジネス

2月企業向けサービス価格、前年比3.0%上昇=日銀

ワールド

黒海合意、ロシアの利益と世界の食糧安保のため=外相

ビジネス

米食品大手クローガーとアルバートソンズ、合併破談巡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取締役会はマスクCEOを辞めさせろ」
  • 4
    「トランプが変えた世界」を30年前に描いていた...あ…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    トランプ批判で入国拒否も?...米空港で広がる「スマ…
  • 7
    「悪循環」中国の飲食店に大倒産時代が到来...デフレ…
  • 8
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 9
    老化を遅らせる食事法...細胞を大掃除する「断続的フ…
  • 10
    【クイズ】トランプ大統領の出身大学は?
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 5
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 10
    古代ギリシャの沈没船から発見された世界最古の「コ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story