失業と競争のプレッシャー、情け容赦ないフランスの現実
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『ティエリー・トグルドーの憂鬱』 (C)2015 NORD-OUEST FILMS - ARTE FRANCE CINEMA
<リストラで1年半も失業中の中年男。やっとの思いでスーパーマーケットの監視員の仕事を手に入れるが、彼はその新たな職場で過酷な現実を目の当たりにする。フランスで観客の共感を呼び大ヒットとなった社会派ドラマ>
フランスで観客動員100万人の大ヒット社会派ドラマ
社会の片隅に生きる人間を見つめるフランス人監督ステファヌ・ブリゼの『ティエリー・トグルドーの憂鬱』では、失業によって悪戦苦闘を強いられる男の姿が描き出される。主人公のティエリー・トグルドーは1年半も失業中の中年男だ。職業訓練を受けても就職できなかった彼は、やっとの思いでスーパーマーケットの監視員の仕事を手に入れる。ところが、これで家族を養いローンも返済できると思ったのも束の間、彼はその新たな職場で過酷な現実を目の当たりにすることになる。
この映画はシリアスな題材を扱っているにもかかわらず、フランス本国で100万人を動員する大ヒットになったという。フランスでは失業率が10%に近く、深刻な社会問題になっている。この映画で主人公を演じたヴァンサン・ランドンは、カンヌ国際映画祭で主演男優賞に輝いた。ブリゼ監督は、実際に役柄と同じ職場で働くアマチュアの人々をキャストに起用し、リアリティを生み出している。
しかし、注目を集めた要因はそれだけではないだろう。この映画には社会学的な視点が巧妙に埋め込まれ、小さな物語から大きなヴィジョンが浮かび上がってくる。その視点は、フランスの社会学者ロベール・カステルの『社会喪失の時代――プレカリテの社会学』のそれに近い。脚本を手がけたブリゼとオリヴィエ・ゴルスは本書からヒントを得たのかもしれない。
競争やプレッシャーのなかで労働者たちの内面が変化していく
カステルは本書のなかで、社会の「中心からもっとも離れたようにみえる立場が、しばしばもっとも雄弁に社会の内的な力学について語る」と書いているが、この映画はまさに周縁に追いやられた主人公を通して社会の内的な力学を描き出そうとしている。
もちろん共通点はそれだけではない。カステルは集団としての労働者が個人化されていく過程を掘り下げている。賃労働をめぐる近年の変化は、大量失業や労働条件の不安定化だけでは表せない。もっと深いところで変化が起こっている。
「賃労働者は、ますます競争が激しくなる労働市場において、機敏であり、かつ適応能力や柔軟性を備えていなければならないという、強いプレッシャーのもとに置かれている」
そんな競争やプレッシャーのなかで、労働者たちの同質性が破壊され、脱集団化を引き起こし、個人化が進行していく。そして労働者は失業に怯えながら、違いを強調するように促されていく。
この映画の前半で印象に残るのは、主人公と元同僚たちの関係だ。元同僚たちは、勤めていた会社に対して不当解雇の訴えを起こすために話し合いを重ねている。主人公もその集団の一員だったが、仲間に身を引くことを告げる。その決断は冒頭のエピソードと無関係ではない。彼は失業中にクレーン操縦士の研修を受け資格を取得したが、現場の経験がないという理由で不採用になった。そこでハローワークで苦情を申し立てるが、職員は取り合わない。
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