コラム

経済政策論争の退歩

2017年01月11日(水)17時40分

昨年の講演で「物価水準の財政理論」ブームに火を付けたシムズ教授(写真は2011年) Tim Shaffer-REUTERS

<経済政策はケインズ以前に逆戻りしてしまった。流行りの「物価水準の財政理論」を政治利用する輩に経済を殺させないための方法を探る。シリーズ第1回>

*第2回「『物価水準の財政理論』」は正しいが不適切

 現在の政策論争は、ケインズ以前の19世紀に逆戻りしてしまった。

 要因は、欲望と知性の堕落だ。

 こうして社会は退歩していくのだ。

 我々は、その生き証人として有意義な人生を送ることになるだろう。

               ***

 一昨年までは、経済政策論争といえば、金融政策だった。量的緩和を中心とした非伝統的な金融政策の是非が焦点だった。
 
 しかし昨年から流れが変わり、金融政策から財政政策へ、焦点はシフトしてきた。

【参考記事】日銀は死んだ

 これには、いくつかの背景がある。

 第一に、FED(米連邦準備理事会)がプラス金利に戻ったことで、0から1への変化ではなく、1から2への変化になったから、金融政策の意味が小さくなったこと。

 第二に、失業率は低下しほぼボトムで、景気循環としても順調であり、いわゆる単純な景気対策、需要刺激の必要性はなくなったこと。

 第三に、それにもかかわらず、金融危機(リーマンショック)以前の状態に経済が戻らず、長期の成長力が落ちてきたこと。

原因は供給か需要か

 第四に、これが長期停滞論を喚起したこと。一方にはイノベーションが従来の産業革命ほど進んでいないからサプライサイドの長期の供給力が落ちてきたとするノースウェスタン大学のロバート・ゴードン教授のような考え方があり、他方には、ローレンス・サマーズ元米財務長官に代表されるように有効需要の不足により長期の供給力もスパイラル的に落ちてきて成長力の低下をもたらしているという考え方がある。そして今は、サマーズの長期停滞論が論壇を席巻している。

 これらの要因により、金融政策から財政政策へ議論の中心はシフトした。

【参考記事】アベノミクス論争は無駄である

 金融市場即ちインフレーションから、実体経済における長期成長力という実物へ問題が移ったのであれば、政策手段もマネーから実物の財政出動に移るのも自然だ。

 その一方で、依然としてインフレにならないことの問題が、金融政策論争の残り火としてくすぶっており、それに火をつけたのが、夏の恒例のジャクソンホール(米ワイオミング州)で行われた中央銀行関係者の集まりにおけるノーベル賞経済学者クリストファー・シムズの講演であった。これが、FTPL(Fiscal Theory of Price Level:物価水準の財政理論)のブーム再来に火をつけた。

 浜田宏一内閣官房参与が目から鱗、新しい波と書いているが、これはなんら新しい議論ではなく、1990年代半ばに登場してちょっとしたブームになったものであり、ここにきて再び脚光を浴びているだけだ。

 議論の中身と言うよりは、金融緩和を狂ったようにやってもインフレにならない、という現在の状況が再ブームを招いたのであり、困り果てた金融政策論者が飛びついただけである。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story