コラム

「物価水準の財政理論」は正しいが不適切

2017年01月23日(月)15時00分

物価を上げるいちばんましな方法は?(写真は2016年2月) Yuya Shino-REUTERS

<話題の「物価水準の財政理論」が様々に解釈されて出回っているが、どれも間違っている。今の日本であるべき経済政策の本質に斬り込むシリーズ第2回>

*第1回「経済政策論争の退歩

 ノーベル賞経済学者でプリンストン大学教授のクリストファー・シムズの「物価水準の財政理論」が難しいとか、結論が革命的で、目からうろこだとか、ケインズの再来だとか、言っている専門家もいるが、現実の経済政策へのメッセージという点に関して言えば、それらはすべて間違っている。

 少なくともミスリードだ。

 現実へのメッセージは当たり前のことを言っているに過ぎない。

 そして、それはとても基本的で、重要なことだ。

 第一に、物価水準は金融政策だけでは決まらず、金融政策と財政政策の両方により決定される。

 第二に、金利引き下げが不可能な場合には、金融緩和による物価の上昇の影響は弱まるから、物価上昇のためには、とりわけ財政政策、財政赤字の拡大が必要である。

 第三に、量的緩和政策またはバランスシートポリシーと呼ばれる、中央銀行が保有リスク資産を大幅に拡大することによって物価水準を上昇させようとする政策は、将来の物価上昇つまり名目金利上昇により、損失が非常に大きくなり、この財政的な影響を考慮する必要があるが、財政面を考慮に入れない緩和拡大策はリスクが非常に大きい。そして、これは現実に十分に認識されていない。

 第四に、そうなると、効果がなく、リスクが大きい量的緩和政策をやみくもに拡大するのは最も不適切な政策であり、量的緩和は止めて、財政赤字の拡大が長期に継続すると人々が信じるような政策を取ることが望ましい。

 第五に、財政赤字の拡大が長期に継続する、と人々が信じることが重要であり、そうでないと、将来の増税を予期して、現在の消費の拡大は起きない。

                 ***

 これが、物価水準の財政理論の、現在の日本などへの政策的メッセージだ。

 これに対し、賛否両論ある、と思われているが、それも誤りだ。

 このメッセージは、誤りであり得ようがない。

 絶対的に正しい。理論的には誰も否定できないはずだ。

量的緩和は残したまま

 かつてリフレ派と呼ばれた人々(それも専門家と一般に思われている人々)が、日本では、この理論の強力な支持者になっているようだが、彼らが明らかに間違っているのは(おそらく確信犯的に)、量的緩和は縮小すべき、というところを排除していることだ。

 物価はマネタリーな現象ではなかった、と反省するところまではいいが、それなら、量的緩和は止めなければならず、縮小が必要なはずだ。そこには、触れず、異次元の金融緩和は残したまま、次は財政赤字拡大、というところだけ取る。

【参考記事】浜田宏一内閣官房参与に「金融政策の誤り」を認めさせたがる困った人たち
【参考記事】経済政策論争の退歩

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story