コラム

なぜ「台湾のなかの日本」が映画になるのか

2017年07月21日(金)16時43分

©『台湾萬歳』マクザム/太秦

<「台湾のなかの日本」と「日本のなかの台湾」が最近、日本と台湾のドキュメンタリー映画で1つのトレンドになっている。台湾と日本でヒットした『湾生回家』などに続き、酒井充子監督『台湾萬歲』、黄インイク監督『海の彼方』がこの夏、順次日本でも公開される>

最近、日本と台湾のドキュメンタリー映画には、はっきりした1つのトレンドがある。それは「台湾のなかの日本」や「日本のなかの台湾」を発掘する作品が増えていることである。

7月22日から都内などで公開される酒井充子監督の『台湾萬歲』や、8月公開の台湾の黄インイク監督による『海の彼方』(原題:海的彼端)もまた、そんな「他者のなかにある自分」を取り上げようとした作品である。

発想としては、必ずしも意外性のあるテーマ選定とはいえない。だからこそなおさら撮り手のアイデア、視点、素材の選択が問われることになる。そして、両作はそのハードルをクリアしたクオリティの作品である。

台湾東部の漁港で「変わらない台湾」を撮った『台湾萬歲』

(『台湾萬歲』予告編)


『台湾萬歲』は、酒井監督にとっては『台湾人生』『台湾アイデンティティ』に続く、足掛け15年をかけて完成させた3部作の最終編となる。

酒井監督は、対象者に寄り添ったインタビューによって重い言葉を引き出し、対象者の人生を油絵の肖像画のように重厚に描き出す。3部作以外の酒井監督の作品『空を拓く〜建築家・郭茂林という男〜』や『ふたつの祖国、ひとつの愛~イ・ジュンソプの妻~』でも十分に生かされている手法だ。

『台湾人生』では、台湾の日本語世代の切ない思いをすくい上げ、『台湾アイデンティティ』では、日本統治から国民党統治に至る時代の波に翻弄された人々の人生を描き出した。ただ、この『台湾萬歲』には、前2作のような悲壮感はあまり感じられない。むしろ、台湾という土地で何があってもたくましく生きる登場人物たちの前向きな言葉に励まされる内容だ。

酒井監督は、こう語る。

「これまでは時代に翻弄された台湾人を撮ってきましたが、今回は『変わらない台湾』を撮っています。いろいろな歴史を経ながら、しっかりと台湾を支えてきた人たちを、台湾の大地と一緒に作品のなかで描きたかった」

舞台は、日本時代に伝わった「突きん棒」を使ったカジキ漁や先住民伝来の狩猟生活が営まれる台湾東部・台東の成功鎮。もともと先住民のブヌン族やアミ族が暮らした地域で、日本時代に開かれた成功漁港はかつて「新港漁港」と呼ばれた。遠洋漁業では台湾東部最大の漁業基地であり、漁港から放射状に街並みが広がって、特産の鰹節や干した魚介類を売る店が軒を並べる。先住民社会の土台に、日本人と漢人の文化が折り重なるように広がって生まれた街である。

清朝、日本、国民党などのさまざまな政権の元にありながら、それらを吸収して自らの伝統とミックスさせながら、たくましく生き抜く台湾の人々の原型を、酒井監督は成功漁港に生き残ったカジキ漁に見出そうとしている。

【参考記事】台湾映画『太陽の子』と、台湾の「奪われた者」たち

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 10
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story