コラム

増税があらゆる世代の負担を拡大させる理由

2018年12月21日(金)18時30分

増税の負担はあらゆる世代に及ぶ

この赤字財政のパラドクスはまた、「不況下の増税は、現在の所得だけでなく将来の所得をも縮小させる」ことを示唆する。それが将来の所得を縮小させるのは、不況下の増税は民間投資を拡大させるよりは縮小させるからである。増税が将来所得を拡大させるとすれば、それは金利低下による民間投資の拡大を通じてである。しかし、金利がもともと低い不況期、とりわけ金利がその下限に貼り付いた流動性の罠においては、そのようなメカニズムはほとんど働かない。

増税の負担は、現世代に対しては、その所得の減少という形で、まさに直接的に及ぶ。それに関して、本稿を読んだ読者の中にはあるいは、「赤字財政負担の将来転嫁はないというのであれば、増税をいつ行っても同じではないか」という疑問を持つ向きがあるかもしれない。それは実はその通りである。しかし、それはまた、「増税によって需要が減少して所得が減少する」という、幅広く危惧されている事態と矛盾するものではない。

たとえば、日本がその債務残高を減らすために、国民所得と同額の増税を行って、そのすべてを国債の償還に当てることにしよう。その場合でも、国債の償還を受けた人々がそのすべてを支出に回せば、特に問題は生じない。仮に所得がゼロでも預金を取り崩して支出を行う人々が存在するのであれば、償還された国債分がすべて支出される必要もない。そして、それらの支出によって国民所得が維持される限り、この世代全体にとっての「負担」はどこにも生じていない。

しかし、国債の償還を受けた人々がその多くを支出に回す保証はまったくない。むしろおそらくは、このような大増税が一挙に行われれば、日本経済全体ではたいへんな需要減が生じ、不可避的に未曾有の大不況が発生することになろう。その結果として人々の所得が減少すれば、それこそがまさにその世代にとっての「負担」なのである。

その実例は、欧州債務危機以降のギリシャである。そこでのギリシャの苦難とは、もっぱら急激な緊縮財政による失業の増加と所得の減少によるものであって、過去の赤字財政による「負担」ではまったくない。実際、ドイツその他のEU諸国から緊縮財政を押し付けられることなく、これまで通りの雇用と所得さえ維持されていれば、ギリシャ経済もあれほど悲惨なことにはならなかったはずである。

このギリシャ経済の現実はまさに、増税と緊縮財政による「負担」がいかなる経済的災禍として現れるかを如実に示している。同じことは、日本の1997年消費増税以降に生み出された、現在ロスジェネと呼ばれている世代の人々についてもいえる。同時に、それ以降に生じていた日本の財政赤字は、彼らロスジェネ層が、失業率が50%以上にも達した債務危機後のギリシャやスペインの若者たちと同様な経済的境遇に陥るのをかろうじて防いだと評価することもできるのである。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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