政治家にとってマクロ経済政策がなぜ重要か──第2次安倍政権の歴史的意味
安倍以降の政権は、マクロ経済政策について政治の側から明確な指針を提示することができるか...... Franck Robichon/REUTERS
<第2次安倍政権の歴史的意義とは、「政治によるマクロ経済政策の丸投げシステム」そのものを終わらせた点にある......>
第2次安倍晋三政権が、唐突にその終焉を迎えた。しかし、第1次安倍政権がわずか1年弱で終わったのに対して、第2次政権は歴代最長の7年8か月を刻んだ。その違いを生み出した最も大きな要因とは何かといえば、それはマクロ経済政策の有無である。
第1次安倍政権は、財政再建よりも経済成長を優先するという「上げ潮戦略」の提唱者であった中川秀直が幹事長ではあったものの、政権自体の政策方針は、小泉純一郎政権以来の「構造改革」路線の継承という以外にはほとんど不明であった。それに対して、第2次安倍政権は、その発足当初から、デフレ脱却を政策目標とし、「3本の矢」すなわち金融政策、財政政策、成長戦略を政策手段としたアベノミクスを、政権の看板政策として位置付けていた。すなわち、第2次安倍政権においては、マクロ経済政策そのものが政策アジェンダの要となっていたのである。
アベノミクスが実際にどの程度成功したのか(あるいは失敗したのか)については、おそらく論者によって大きく見方が異なるであろう。しかし、どのような立場であれ、第2次安倍政権が戦後の歴代政権の中でマクロ経済政策に最も深く関与した政権であった事実それ自体については、否定する向きは少ないであろう。
実際、中央銀行テクノクラートの聖域と考えられていた金融政策に対して何らかの具体的な政策指針を与えた政権は、第2次安倍政権以外には存在していない。財政政策に関しては、確かに消費税増税についての3党合意の呪縛を断ち切ることは結局できなかった。しかし、その消費税増税を2度にわたって延期するという政治判断を行ったことも事実である。従来的な「財政政策は財務省(旧大蔵省)に丸投げ」型の政権であったならば、増税の延期などはとうてい不可能だったはずである。
経済成長のための政府の経済政策といえば、1960年に成立した池田勇人政権の「所得倍増計画」が有名である。しかし、そこには明確な政策手段は想定されておらず、その計画は実体としては「所得を倍増させるぞというスローガン」に過ぎなかった。確かに、池田政権時代に行われた貿易自由化や社会資本開発は、1960年代の日本の高度経済成長の実現に大きく寄与した。しかし、第2次安倍政権時とは異なり、その成長にはマクロ経済政策すなわち金融政策や財政政策はほとんど関与していない。当時は世界的に固定相場制であったため、各国の金融政策は為替レートの維持によって大きく制約されていた。また、当時の日本経済は内需も外需も旺盛であり、財政出動の必要性それ自体が存在していなかったのである。
「マクロ政策は丸投げ」が基本であった従来政治
これまでの日本の政治世界では、第1次安倍政権も含めて、マクロ経済政策それ自体については、「金融政策は日本銀行に、財政政策は財務省(旧大蔵省)に丸投げ」が基本であった。たとえば、1995年から1998年にかけて自民党幹事長を務め、一時は党内随一の実力者として将来的な総理総裁への就任が有力視されていた加藤紘一は、2010年3月に行われたインタビュー(松島茂・竹中治堅編集、内閣府経済社会総合研究所企画監修『日本経済の記録 歴史編 第3巻 (バブル/デフレ期の日本経済と経済政策)時代証言集(オーラル・ヒストリー)』佐伯印刷、2011年、に収録)で、政治とマクロ経済政策との係わりについて、以下のように述べている。
戦後今日まで、マクロの経済運営は、まあ誰かが考えるものだ。たぶん、我々政治家とは別に、暮夜ひそかに赤坂4丁目あたりの日銀氷川寮か何かに(正式名称は日銀氷川分館。住所は赤坂4丁目ではなく6丁目)大蔵事務次官と日銀総裁と通産省の次官が集まって何か秘策を考えて、それを僕らのところにある日言ってくるものだ。それを我々がちょっと色づけしながら、パフォームしながら実行していくという、漠然とした信頼感がある。(上掲書、432頁)
加藤はまた、金融政策については以下のように述べている。ここで日銀ではなく大蔵省が主語になっているのは、1997年の日銀法改正までは、少なくとも政治世界においては金融政策もまた旧大蔵省の管轄下にあったためである。
大蔵省の人というのは、こういうマクロ経済・金融、特に金融をほかの省の人間、特に自民党の代議士なんかに知らせることはインサイダーで危ないぐらいに思っているので、話をしないんですよ。そうするとこっちも、「ああ、じゃあ、やっていれば?」みたいな(笑)。絶対にサンクチュアリです。財政となると、主計は説得しなきゃならないから相談するけれど、金融はサンクチュアリですよ。(上掲書、430頁)
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