コラム

政治家にとってマクロ経済政策がなぜ重要か──第2次安倍政権の歴史的意味

2020年09月01日(火)15時00分

安倍以降の政権は、マクロ経済政策について政治の側から明確な指針を提示することができるか...... Franck Robichon/REUTERS

<第2次安倍政権の歴史的意義とは、「政治によるマクロ経済政策の丸投げシステム」そのものを終わらせた点にある......>

第2次安倍晋三政権が、唐突にその終焉を迎えた。しかし、第1次安倍政権がわずか1年弱で終わったのに対して、第2次政権は歴代最長の7年8か月を刻んだ。その違いを生み出した最も大きな要因とは何かといえば、それはマクロ経済政策の有無である。

第1次安倍政権は、財政再建よりも経済成長を優先するという「上げ潮戦略」の提唱者であった中川秀直が幹事長ではあったものの、政権自体の政策方針は、小泉純一郎政権以来の「構造改革」路線の継承という以外にはほとんど不明であった。それに対して、第2次安倍政権は、その発足当初から、デフレ脱却を政策目標とし、「3本の矢」すなわち金融政策、財政政策、成長戦略を政策手段としたアベノミクスを、政権の看板政策として位置付けていた。すなわち、第2次安倍政権においては、マクロ経済政策そのものが政策アジェンダの要となっていたのである。

アベノミクスが実際にどの程度成功したのか(あるいは失敗したのか)については、おそらく論者によって大きく見方が異なるであろう。しかし、どのような立場であれ、第2次安倍政権が戦後の歴代政権の中でマクロ経済政策に最も深く関与した政権であった事実それ自体については、否定する向きは少ないであろう。

実際、中央銀行テクノクラートの聖域と考えられていた金融政策に対して何らかの具体的な政策指針を与えた政権は、第2次安倍政権以外には存在していない。財政政策に関しては、確かに消費税増税についての3党合意の呪縛を断ち切ることは結局できなかった。しかし、その消費税増税を2度にわたって延期するという政治判断を行ったことも事実である。従来的な「財政政策は財務省(旧大蔵省)に丸投げ」型の政権であったならば、増税の延期などはとうてい不可能だったはずである。

経済成長のための政府の経済政策といえば、1960年に成立した池田勇人政権の「所得倍増計画」が有名である。しかし、そこには明確な政策手段は想定されておらず、その計画は実体としては「所得を倍増させるぞというスローガン」に過ぎなかった。確かに、池田政権時代に行われた貿易自由化や社会資本開発は、1960年代の日本の高度経済成長の実現に大きく寄与した。しかし、第2次安倍政権時とは異なり、その成長にはマクロ経済政策すなわち金融政策や財政政策はほとんど関与していない。当時は世界的に固定相場制であったため、各国の金融政策は為替レートの維持によって大きく制約されていた。また、当時の日本経済は内需も外需も旺盛であり、財政出動の必要性それ自体が存在していなかったのである。

「マクロ政策は丸投げ」が基本であった従来政治

これまでの日本の政治世界では、第1次安倍政権も含めて、マクロ経済政策それ自体については、「金融政策は日本銀行に、財政政策は財務省(旧大蔵省)に丸投げ」が基本であった。たとえば、1995年から1998年にかけて自民党幹事長を務め、一時は党内随一の実力者として将来的な総理総裁への就任が有力視されていた加藤紘一は、2010年3月に行われたインタビュー(松島茂・竹中治堅編集、内閣府経済社会総合研究所企画監修『日本経済の記録 歴史編 第3巻 (バブル/デフレ期の日本経済と経済政策)時代証言集(オーラル・ヒストリー)』佐伯印刷、2011年、に収録)で、政治とマクロ経済政策との係わりについて、以下のように述べている。


戦後今日まで、マクロの経済運営は、まあ誰かが考えるものだ。たぶん、我々政治家とは別に、暮夜ひそかに赤坂4丁目あたりの日銀氷川寮か何かに(正式名称は日銀氷川分館。住所は赤坂4丁目ではなく6丁目)大蔵事務次官と日銀総裁と通産省の次官が集まって何か秘策を考えて、それを僕らのところにある日言ってくるものだ。それを我々がちょっと色づけしながら、パフォームしながら実行していくという、漠然とした信頼感がある。(上掲書、432頁)

加藤はまた、金融政策については以下のように述べている。ここで日銀ではなく大蔵省が主語になっているのは、1997年の日銀法改正までは、少なくとも政治世界においては金融政策もまた旧大蔵省の管轄下にあったためである。


大蔵省の人というのは、こういうマクロ経済・金融、特に金融をほかの省の人間、特に自民党の代議士なんかに知らせることはインサイダーで危ないぐらいに思っているので、話をしないんですよ。そうするとこっちも、「ああ、じゃあ、やっていれば?」みたいな(笑)。絶対にサンクチュアリです。財政となると、主計は説得しなきゃならないから相談するけれど、金融はサンクチュアリですよ。(上掲書、430頁)

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ワールド

中国軍、台湾海峡で「戦闘準備パトロール」 米議員団

ビジネス

米経済に勢い、緩和縮小加速に前向き=アトランタ連銀

ビジネス

焦点:米テック企業に広がる労組結成の波、経営陣は対

ワールド

南アは透明性を持って行動、渡航制限は不当=保健相

MAGAZINE

特集:AI戦争の時代

2021年11月30日号(11/24発売)

人工知能を持つ戦闘マシンが自らの判断で敵を殺す ──「核より恐ろしい」新型兵器が現実の戦場に現れた

人気ランキング

  • 1

    一番人懐こいネコの品種は?甘え過ぎへの対処法は?

  • 2

    子供が欲しかった僕は、女友達と恋愛抜きで子供の「両親」になった

  • 3

    最初から「失敗」が決まっていたクロエ・ジャオ監督のマーベル映画『エターナルズ』

  • 4

    多数の難民を受け入れたスウェーデンが思い知った「…

  • 5

    ナイキのシューズがクリスマス、いや来年夏まで入荷…

  • 6

    あなたはいくらエクササイズしても痩せない 脂肪燃…

  • 7

    今度はディオールの写真を「人種差別」と吊し上げた…

  • 8

    現在の経済混乱は企業が続けてきた「ケチ経営」のツ…

  • 9

    EVは地球に優しくても人間に優しくない一面をもつ──…

  • 10

    日本のコロナ感染者数の急減は「驚くべき成功例」─英…

  • 1

    一番人懐こいネコの品種は?甘え過ぎへの対処法は?

  • 2

    子供が欲しかった僕は、女友達と恋愛抜きで子供の「両親」になった

  • 3

    最初から「失敗」が決まっていたクロエ・ジャオ監督のマーベル映画『エターナルズ』

  • 4

    あなたはいくらエクササイズしても痩せない 脂肪燃…

  • 5

    ナイキのシューズがクリスマス、いや来年夏まで入荷…

  • 6

    勝海舟があっさり江戸城を明け渡した本当の理由 「無…

  • 7

    多数の難民を受け入れたスウェーデンが思い知った「…

  • 8

    コーギー犬をバールで殺害 中国当局がコロナ対策で.…

  • 9

    セブンイレブンに「来店」したクマ、感染症対策も欠…

  • 10

    恋の情趣・風雅・情事 ── 江戸の遊廓で女性たちが体現…

  • 1

    【動画】リビングの壁を這う「猫サイズ」のクモ

  • 2

    一番人懐こいネコの品種は?甘え過ぎへの対処法は?

  • 3

    最初から「失敗」が決まっていたクロエ・ジャオ監督のマーベル映画『エターナルズ』

  • 4

    子供が欲しかった僕は、女友達と恋愛抜きで子供の「…

  • 5

    「可愛すぎて死にそう」ウサギを真似してぴょんぴょ…

  • 6

    ネコはいつでも飼い主を思っていた...常に居場所を頭…

  • 7

    突然の激しい発作に意味不明の言葉──原因は20年前に…

  • 8

    時代に合わなくなったヒーロー「ジェームズ・ボンド…

  • 9

    あなたはいくらエクササイズしても痩せない 脂肪燃…

  • 10

    背中を売ってタトゥーを刻む『皮膚を売った男』の現…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中