コラム

新型コロナ対応に必要とされる準戦時的な経済戦略

2020年04月09日(木)17時10分

REUTERS/Issei Kato

<現在の状況は、経済が一種の戦時経済体制に入ったことを意味する。勝ち抜くべき相手が人間かウィルスかという違いはあるが、市場という「神の見えざる手」に委ねるだけでは、戦争の遂行や疫病の克服という社会的な目標は達成できない......>

日本政府は2020年4月7日に、新型コロナ対応のための緊急事態宣言を行った。現状を鑑みれば、行われるべきものがようやく行われたというのが一般的な受け止め方であろう。とはいえ、この未曾有の困難をどう克服していくのかについては、先が見えているわけではない。それは、政府が緊急に対応すべきあらゆる問題が医療、経済、社会の諸領域にわたって複雑に絡み合っており、そのどれ一つとっても一筋縄ではいかないからである。現在はまさに、単に政治家や政策当局者たちだけではなく、この問題に多少とも係わりのあるあらゆる専門家たちの真価が問われている状況なのである。

筆者は2020年3月25日付本コラム「日本経済は新型コロナ危機にどう立ち向かうべきか」において、経済政策学の観点から、新型コロナに対応する政策の是非を判断するための要点を指摘した。そこで論じたように、あらゆる経済政策は、社会全体の価値判断に基づいて「優先されるべき課題とは何か」を明確にすることから始まる。それが政策目標である。それに対して、その目標の達成のために用いられる具体的な方策が、政策手段である。経済政策とは端的には、この政策目標に対する手段の割り当て、すなわち「政策割り当て」のことである。筆者はその上で、今回の新型コロナ危機の持つ最大の厄介さは、「感染拡大の抑止」と「経済活動の維持」という、同時に達成することが難しい二つの政策目標が存在している点にあることを指摘した。

筆者がそのコラムを執筆していた3月中旬には、世間的には「政府や地方自治体による外出や大規模イベントの自粛や一斉休校の要請が功を奏しつつあり、感染の爆発的な拡大はどうやら食い止められつつある」という雰囲気が漂い始めていた。筆者自身もまた、この頃にはそのような楽観論に染まっており、「ゴールデン・ウィークの頃には感染もすっかり収まっているだろう」などと甘く考えていた。筆者がそのコラムで、感染拡大抑止が最優先される感染拡大局面と経済活動の正常化に政策目標を切り換えるべき感染縮小局面とを区別した上で、どちらかといえば経済正常化のための政策手段の問題に焦点を当てていたのは、そのためである。

結果からすれば、筆者のこの見通しはまったく誤っていた。その後に明らかになったように、東京での感染の急拡大が生じたのは、まさしくこの時期からであった。現状を踏まえて言えば、われわれにとっての当面の価値判断は「最低限の経済活動を維持しつつ感染拡大阻止を最優先する」こと以外にはなく、経済活動の正常化を本格化させるような局面は当面は視野には入らない。IMFのエコノミストたちが論じているように(新型コロナウイルスと戦うための経済政策)、この状況は、経済が一種の戦時経済体制に入ったことを意味する。

このIMFコラムが論じているように、戦時経済体制と今回の新型コロナ対応の経済体制は、勝ち抜くべき相手が人間かウィルスかという違いはあるが、「公共部門の役割が増大する」という点では一つの大きな共通性がある。逆にいえば、市場という「神の見えざる手」に委ねるだけでは、戦争の遂行や疫病の克服という社会的な目標は達成できない。このIMFコラムはごく短いものであり、その肝心の点を十分に詳しく述べてはいない。そこで本稿では、以下でその含意を敷衍する。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国務長官、今週のウクライナ和平交渉への出席取りや

ワールド

ゼレンスキー氏、停戦後に「ロシアと協議の用意」 短

ビジネス

中銀の独立性と信頼性維持は不可欠=IMFチーフエコ

ワールド

イスラエル、ガザ攻撃強化 封鎖でポリオ予防接種停止
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「利下げ」は悪手で逆効果
  • 4
    日本の人口減少「衝撃の実態」...データは何を語る?
  • 5
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 6
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    なぜ世界中の人が「日本アニメ」にハマるのか?...鬼…
  • 9
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 7
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story