コラム

政治家にとってマクロ経済政策がなぜ重要か──第2次安倍政権の歴史的意味

2020年09月01日(火)15時00分

加藤はさらに、「マクロの金融政策にはあまりご関心がないのでしょうか」との質問に対しては、以下のように答えている。


ないですね。だって許されていないもの。最近はあるよ。最近は、僕らはあるから、例えば金融政策をしゃべるというと山本幸三(旧大蔵省出身)。でも、あれもやたらと日銀の悪口ばっかり言ってるな、偏っているんじゃないのとか思ったり。そういう議論はあります。(上掲書、439頁)

これらの加藤の発言から、歳出面にせよ歳入面にせよ政治的配慮なくしては何事も決定できない財政政策はともかくも、金融政策はごく最近までは、多くの政治家にとって手出し不要の聖域であったことがわかる。その政治世界の「常識」を覆したのが、第1次政権崩壊後の浪人時代の安倍に「デフレ脱却を目標とした大胆な金融政策」のアイデアを授けた山本幸三だったわけである。しかしその山本も、第2次安倍政権がまだ成立していないこのインタビュー時点(2010年3月)では、永らく政治世界の主流の立場にあった加藤のような政治家からは、何やらうさんくさい「偏った」見解の持ち主と見られていたのである。

政策インサイダーたちの行動原理

この加藤のインタビューは、政治世界のもう一つの重要な真実を明らかにしている。それは、政策世界のインサイダーたちからすれば、政治家もまた在野の一般人と同様なアウトサイダーにすぎないという点である。加藤によれば、この政策世界のインサイダーとは、赤坂で秘かに密談をしている「大蔵事務次官と日銀総裁と通産省の次官」であり、あるいは金融政策に関する情報を自民党の代議士からひた隠しにする「大蔵省の人」である。

仮にインサイダーたちがどれだけアウトサイダーを疎外したとしても、彼らがその専門的能力をもっぱら公的な利益の実現のために発揮していることが明らかなのであれば、何ら問題はない。実際、政治家はおおまかな方向性を示すだけで、その具体策は官僚に丸投げというやり方でうまくいく政策課題も多い。加藤が「漠然とした信頼感がある」と述べているのは、おそらくそのことを述べているのであろう。

問題は、インサイダーにはインサイダーの独自の論理が存在し、それは公的な利益の実現と常に一致するわけではないという点にある。財務省にせよ日銀にせよ、政策世界におけるそれぞれの組織には、その権益や威信を維持し拡大することに結びつくような、巧妙に築かれた規範や原則が必ず存在する。そして、彼らが最も忌み嫌うのは、アウトサイダーがその領域に踏み込んでくることなのである。

幸いなことに、マクロ経済政策のような領域では、彼らにとって脅威となるような政治的アウトサイダーはめったに現れることはない。というのは、この加藤が典型的であるように、政治家の多くは、それは彼らすなわち「我々とは別の誰か」が考えるべきものであり、政治家が行うのは単にそれに「色づけ」をすることだけだと考えているからである。そして、政治家の側にとっても、そのようにマクロ経済政策を財務省なり日銀なりに丸投げしてうまく行くのであれば、それ以上に望ましいことはなかったのである。

もはや許されないマクロ経済政策の丸投げ

加藤のような旧来型の政治家にとっての不幸は、バブルが崩壊した1990年代以降の日本においては、マクロ経済政策はもはや「我々とは別の誰か」に丸投げしてすませておけるようなものではなくなっていたという点にある。というのは、バブル崩壊後の日本の長期デフレ不況とは、まさにその「誰か」である日銀や財務省(旧大蔵省)によるマクロ経済政策の失敗によってもたらされたものであったからである。

バブル崩壊後の日本では、小泉政権と第2次安倍政権を除くあらゆる政権が、自民党系か非自民党系かに係わらず、きわめて短命に終わった。それは端的にいえば、マクロ経済政策を日銀や財務省(旧大蔵省)に丸投げし、彼らにやりたいようにやらせてきたからである。その結果、日本のデフレ不況はますます深刻化し、政権の体力はそれによって奪われていった。それが単に自民党政権にだけあてはまる問題ではなかったことは、リーマン・ショック後の世界大不況期に日銀と財務省の言うがままに緊縮政策を続けたあげくに四分五裂した旧民主党政権を思い起こせば明らかであろう。

第2次安倍政権の歴史的意義とは、まさしくこの「政治によるマクロ経済政策の丸投げシステム」そのものを終わらせた点にある。問題は、安倍以降の政権が、マクロ経済政策について政治の側から明確な指針を提示するという、この第2次安倍政権の最も重要な経済政策上のレガシーを正しく引き継ぐことができるか否かである。

その点で気がかりなのは、将来的な首相候補と目されている自民党の有力政治家の多くが、かつての加藤紘一のように、マクロ政策当局を「漠然と信頼」してしまうような旧来型の政治家であるように見える点である。たとえば、その首相候補の有力な一人である石破茂は、元自民党衆院議員で現在は辛口ならぬ薄口政治評論家を名乗っている杉村太蔵に、テレビの対論番組で、「石破さんの支持が上がらないのはマクロ経済政策がないから。ブログを見たけれどもどこかの夕刊コラムみたいで全然政策のことを書いてない。マクロ経済政策の無い政権は支持できない」とまで面前批判されたにもかかわらず、「グローバル経済からの脱却」といった、明らかにマクロ経済政策とは無関係な抽象的スローガンを述べることしかできなかった。

世界を見回してみると、各国の有力な政治家や政党の中で、どのような形であれ、マクロ経済政策への明示的な言及を行う事例が格段に増加しつつあることがわかる。それは、長期停滞と呼ばれるような経済低迷が恒常化した世界経済においては、マクロ経済政策の舵取りをどのように行うのかの選択が一国の経済的な命運を大きく左右する結果になることに、彼らの多くが気付き始めたからである。

もちろん、金融政策は中央銀行に、財政政策は財務当局にとりあえず任せておけばよいと考えて、それらについて何のスタンスも示すことがないような政治家も、依然として数多く存在する。おそらく現在でも、数的にはそちらの方が圧倒的な多数派であろう。しかしながら、現在の政治世界では明らかに、そのようなタイプの政治家や政党はもはや大きな政治的影響力を持ち得なくなりつつある。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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