コラム

インドの闇を象徴する世界一の彫像──日本メディアに問われるもの

2018年11月12日(月)13時18分

グジャラート州「統一の像」の足元を訪れた人々(2018年10月31日)


・インドで完成した高さ世界一の彫像は、インドの経済成長だけでなく、少数派であるムスリムの迫害をも象徴する。

・しかし、日本メディアはこれをほとんど報じておらず、そこには政府や経済界への忖度がうかがわれる。

・独立した言論の府としての責任をメディアが果たさなければ、「知りたいように知る」風潮を後押しすることにもなる。

「世界一の...」と冠がつくものは一般的にメディアでよく取り上げられるが、10月末にインドでお披露目された高さ世界一の彫像に関しては話が別で、日本メディアでその完成を伝えたのは、いくつかの海外メディアの日本語版を除けば一部にとどまった。この彫像の建立は少数派の迫害と表裏一体といういわくがあり、インドの暗部を浮き彫りにするが、それと同時に日本メディアの課題をもあぶり出している。

高さ世界一の彫像とは

まず、世界一の彫像とはどんなものか。

これは「統一の像」と名づけられた、独立の指導者の一人ヴァッラブバーイー・パテルの彫像で、10月31日に北西部グジャラート州で落成式が行われた。高さは182メートルで、ニューヨークの自由の女神(93メートル)の約2倍。これまで世界一高い彫像は中国にある魯山大仏だったが、パテル像はこれを54メートル上回る。

パテル像の完成は、成長著しいインドの光を象徴する。

ただし、そこには影もある。そのカギは、貧困層が国民の21.9パーセントを占める(2011年段階、世界銀行)状態で、総工費299億ルピー(約4700億円)を投入し、国内で「巨大な像を建てるくらいならそのお金を農民のために使うべきだった」といった批判を招きながらも、なぜインド政府がパテル像を建立したかにある。

「触れてはならない」独立の英雄

初代副首相を務めたパテルは、「サルダール(首長)」の異名をもつ。しかし、一般的にインド独立の指導者といえば「無抵抗・不服従」で民衆を率いたガンディーや、その後継者で初代首相のネルーが知られ、彼らと比べてパテルの知名度は、海外では必ずしも高くない。

インドでもガンディーやネルーの家系やその一派が名門とみなされ、政界の主流として大きな影響力を持ち続けるなか、パテルの名は傍流に位置づけられてきた。その最大の理由は、ガンディーやネルーが政教分離に基づく民主的な体制を目指したのと異なり、パテルがヒンドゥーの教義に傾いていたことにある。

インドでは独立以前からヒンドゥー教徒とムスリムの衝突が相次ぎ、結局ムスリムが多かったパキスタンが、さらにその後にバングラデシュが、それぞれ分離した経緯がある。それでもインド国内には数多くのムスリムがおり、ピュー・リサーチ・センターによると、全人口の約80パーセントをヒンドゥー教徒が占める一方、ムスリムは14.4パーセントにとどまるが、1億7600万人以上にのぼり、世界屈指の規模である(その他、シーク教徒、キリスト教徒、仏教徒などもいる)。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 7
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story