コラム

インドの闇を象徴する世界一の彫像──日本メディアに問われるもの

2018年11月12日(月)13時18分

そのため、独立後のインド政府はヒンドゥー特有のカースト制を法的に廃止するなど、宗教の政治への影響を排除し、宗派対立を抑制してきた。

これに対して、パテルは独立以前からムスリムと衝突を繰り返したヒンドゥー至上主義団体「民族義勇団(RSS)」と結びつきがあり、独立にともなうインド・パキスタン戦争(1947)の外交的解決を目指したガンディーを批判した。

この経緯からすれば、ガンディー、ネルー以降のインドで、ヒンドゥーに傾倒したパテルが「独立の指導者の一人だが、あまり触れてはならない人物」と扱われてきたことは不思議でない。

ヒンドゥー・ナショナリズムのスター

その意味で、パテル像の建立はインドの大きな変化を示す。

インドでは2014年選挙で政権を握ったインド人民党(BJP)のもと、ヒンドゥーに基づく国づくりを目指すヒンドゥー・ナショナリズムが台頭しており、モディ首相はパテル像の完成にあたって「パテルが初代首相になれなかったことを全インド人が後悔している」と述べている。そこには「インド人=ヒンドゥー教徒」の図式が鮮明だ。

また、パテル像が建てられたグジャラート州は、パテルだけでなくモディ首相の地元でもある。

つまり、パテル像の建立は、インドにおける政教分離の後退をも象徴するのである。

さらに、モディ政権はパテル像の建立と並行して、ムンバイでは17世紀にイスラーム系のムガール帝国と戦ったヒンドゥーの英雄チャトラパティ・シバジの建立を進めており、こちらはパテル像を上回る212メートルで、2021年の落成を目指している。

ムスリムへの迫害

こうしたヒンドゥー・ナショナリズムの高まりと並行して、インドでは少数派に対するヘイトクライムが頻発している。モディ政権誕生以前の2013年に9件だったヘイトクライムは、モディ政権誕生後に増加し始め、2017年には過去最高の74件を記録した。

加害者のほとんどはヒンドゥー教徒で、ムスリムはとりわけその標的になりやすく、最近では牛を取り扱う業者に対する暴行が頻繁に報告されている。

ヒンドゥーやシーク教では牛が神の使いとみなされ、食べることはもちろん、叩いたりすることも許されないが、ムスリムやキリスト教徒にとってはその限りでない。そのため、独立後のインドでは憲法48条で「牛の屠畜を禁じる法律を定められる」と定められていても、実際には政教分離の原則のもと、ムスリムに多い畜産業者が制限を受けることはほとんどなかった。

ところが、ヒンドゥー・ナショナリズムが台頭しつつあった2005年10月、インド最高裁は憲法48条に基づく法の制定が正当という判断を初めて示し、これをきっかけに州レベルで畜産業への規制が強化され始め、2017年には動物虐待防止法で屠畜目的の牛の販売が禁じられた。

これと並行して、ムスリムへのヘイトクライムは増加しており、なかには牛を違法に搬送していてヒンドゥーの自警団にリンチされた挙句、殺されたムスリムさえいる。ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、2017年だけで牛肉に関する襲撃は38件にのぼり、少なくとも10人が殺害された。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

衆院選きょう投開票、自民が終盤まで優勢 無党派層で

ワールド

イスラエル首相、トランプ氏と11日会談 イラン巡り

ビジネス

EXCLUSIVE-米FRB、年内1─2回の利下げ

ワールド

北朝鮮、2月下旬に党大会開催 5年に1度の重要会議
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 2
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 3
    韓国映画『しあわせな選択』 ニューズウィーク日本版独占試写会 60名様ご招待
  • 4
    韓国ダークツーリズムが変わる 日本統治時代から「南…
  • 5
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 6
    【台湾侵攻は実質不可能に】中国軍粛清で習近平体制…
  • 7
    心停止の8割は自宅で起きている──ドラマが広める危険…
  • 8
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 9
    日経平均5万4000円台でも東京ディズニー株は低迷...…
  • 10
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 3
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 9
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 10
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story