コラム

英国の経済失政で株式市場は混乱、リーマンショックの前兆なのか?

2022年10月05日(水)16時30分

ただ、英国での混乱が長引いても、これが、世界の株式市場の趨勢に影響を及ぼすリスクは限定的だろう。まず英国で起きてる経済政策を巡る政治的な混乱は、米国で起こる可能性は高くない。米国ではFRBの利上げと併せて、バイデン政権はインフレ抑制法案と称する財政政策を打ち出している。インフレ抑制法案そのものが、短期的に経済成長を押し下げる影響はかなり小さいのだが、政府・財政当局と中央銀行がインフレ抑制方向に足並みがそろっている。11月の中間選挙において、劣勢とされる民主党が下院で大きく勝利するなど議会を完全に抑えれば拡張財政が発動される可能性はあるが、それはテールリスクだろう。

9月の株価下落とともに、年金ファンドの救済策が行われるなど金融システムが動揺、欧州では大手投資銀行の経営問題も度々報じられている。2008年のリーマンショックが9月に起きたこともあり、2008年同様の金融危機の兆候が日本のメディアで報じられ、金融市場で危機を予兆させる動きが「リーマン・モーメント」などと呼ばれていた。

ただ、メディアで報じられているような、2008年のリーマンショックに類する金融市場の危機が早々に起きる可能性は低いだろう。先に述べたように、肝心の米国などではインフレ制御のための金融財政政策の協調が続く。

また、リーマンショックを伴う金融危機の源泉は、長期にわたり住宅価格上昇が続き、これに複雑な金融商品開発が加わったことで、異常な信用膨張が金融機関で膨らんでいたことだった。現状、金融機関の内部に同様のリスクが潜んでいる可能性は低いと思われる。このため、米国発で銀行破綻を伴う金融ショックをきっかけに、経済活動の深刻な落ち込みに至る可能性は高くない。

2008年と現在では状況がかなり異なる

つまり、株安が当面続くとしても金融システムの機能不全などのショックではなく、長引くインフレに対して、FRB(連邦準備理事会)を中心にインフレ制御をもたらす引締め政策が引き起こす、経済活動の縮小と業績悪化が更なる株安の主たる要因になるのではないか。FRBはインフレ警戒モードを強めて政策金利(FF金利)は年末までに4.5%近辺まで大きく上昇させる姿勢を、8月後半から強めている。

2023年にかけて、これまでのFRBの大幅利上げによって米国を中心に世界経済が後退すると予想されるが、これが株価の押し下げ要因になる。つまり、英国の混乱やメディアから想起される金融危機とは異なり、インフレ制御のための政策当局が意図した経済活動の縮小が、株安の主たる要因になるとみられる。

この場合、インフレが落ち着けば、米中央銀行の政策対応に対する不信は、容易に払しょくされうる。こうした意味で、金融危機を併発して金融市場の景色が一変した2008年と現在では状況がかなり異なる。実際には、リーマンショックを想起させるメディア報道は、株安によって市場心理が悲観方向に傾いているシグナルであり、10月なってその揺り戻しがさっそく起きているということかもしれない。

このため、足元で起きている米欧株の大幅反発が、本格的な株式市場上昇につながるかどうかについて筆者は懐疑的である。株式市場の底入れ時期を見定めるには、英国の混乱やセンセーショナルな報道に惑わされずに、米国を中心としたインフレ動向とFRBの政策姿勢を冷静に考えるのが望ましいと考えている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を

ワールド

米関税措置、WTO協定との整合性に懸念=外務省幹部
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story