コラム

140円台の円安、追い風を生かすことが重要

2022年09月06日(火)18時10分

また、日本は海外資産を多く持つ、世界一の対外純債権国である。円安によって個人が投資する米国株などの価値が増えることが典型だが、対外資産を保有しているのは目ざとい個人投資家だけではない。企業や年金が所有する対外資産も同様で、円安によって日本の幅広い経済主体のバランスシートが改善するので、広範囲に日本の経済活動を支えることになる。

円安は日本経済全体に対してはメリットの方が大きい

これらを踏まえると、円安が輸出数量を増やす効果が弱まっているのは事実としても、円安によって経済活動が支えられる側面が大きく、一見すると行き過ぎにも見えるが、円安は日本経済全体に対してはメリットの方が大きいとみられる。このため、デフレ脱却の好機と日本銀行は考えているのだろう。為替市場の大きな変動には弊害もあるので円安に言及する発言が当局から聞かれるが、半ば意図的に円安ドル高を容認しているとみられる。

これは、インフレ抑制に苦慮している米FRBによる引締め政策を、金融緩和強化として利用しているということだろう。当局が円安のメリットを敢えて受けているわけで、この意味でも、海外投資家などから信頼を失い、日本売りに直面していた24年前の円安とは状況は全く異なる。

このため、ドル円が24年ぶりに140円台に達したということで、通貨安は日本の貧しさの象徴、などの評価はミスリーディングである。それよりも、2000年代から低インフレだったのに、デフレへの対処が不十分だったが故に、通貨安起こらなかったことの方が、日本経済にとってより大きな問題だったと筆者は考えている。

FRBの政策次第で、大幅な円安という追い風は終わる

一部では、円安に歯止めがかからないなどとも言われている。ただ、現在の円安ドル高の構図は強固だが、それが永遠に続くわけではないだろう。米国の金融引き締めによって、大幅なドル高をもたらしているが、金融引締めの効果で、米国経済は既に緩やかながらも減速している。高インフレへの対処にFRBが苦労しているが、利上げの効果で米経済が2023年に減速する可能性はかなり高まっている。そうなれば、FRBによる利上げは打ち止めとなるため、ドル高円安にも歯止めがかかるだろう。

実際に2022年春先までは、原油など資源価格高騰に加えて、サプライチェーンの目詰まりで高インフレが起きていた。ただ、足元で原油価格などは既に2月の水準まで戻っている。そして、サプライチェーンの目詰まりに苦しんでいた製造業では、部材調達にかかる期間をみると、既に2020年半ばの状況まで正常化している。また、世界のIT関連製品の製造業拠点である台湾の製造業PMIは7,8月に大きく低下、2020年以来の水準まで落ち込むなど、活況だった製造業部門は既に減速し始めている。

現在FRBの主眼は高インフレへの対処であるが、いずれ需要停滞にも目配りせざるを得ないのではないか。FRBは当面引締めを続けるとの姿勢を明確にしているが、2023年になれば為替市場で米国経済減速への懸念からドル安期待が強まる可能性がある。FRBの政策姿勢が変わる時期には、これまでの円安トレンドは変わるとみられる。

FRBの政策次第で、大幅な円安という追い風は終わる。日本にとって重要なのは、米FRBの引き締めが続く期間は、この追い風を享受して、経済正常化と2%インフレの完遂の早期に実現を目指すことだと筆者は考えている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:またトランプ氏を過小評価、米世論調査の解

ワールド

アングル:南米の環境保護、アマゾンに集中 砂漠や草

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story