コラム

アメリカでヒットした『サウンド・オブ・フリーダム』にはQアノン的な品性が滲む

2024年08月30日(金)12時01分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<昨年の全米興行収入でトップ10入りした『サウンド・オブ・フリーダム』を見て驚いたのは、その荒唐無稽さと最後のクレジットロール>

生身の素材を相手に格闘するからか、ドキュメンタリー業界には癖の強い作り手が少なくない。「癖の強い」を違う言葉で表現すれば、人間的には決して高潔ではないし善人でもないということだ。そしてそのようなタイプのほうが、被写体が隠していることや現象の裏を探ったり見抜いたりすることに成功するので、作品はより深くなるし面白くなる。

これはドキュメンタリーというジャンルに限定される傾向ではなく、劇映画の世界も同様だ。憧れの監督と初めて話し、会わなければよかったとがっかりしたことは何度かある。


ここで2つ補足するが、僕もおそらくその(会わなければよかったとがっかりされる)1人だ。そして、全ての作り手がこれに当てはまるわけでもない。人を疑わず気遣いも万全で誰に聞いても「あいつはいい奴だ」と称賛される作り手だってもちろんいる。ただしアベレージとしては決して多くない。

でもたとえ品性下劣な監督だろうと、自己本位で虚栄心ばかりの俳優だろうと作品は関係ない。面白ければいい。僕はそう思う。でも下劣な品性や低俗な嗜好は、きっと作品に滲(にじ)む。

『サウンド・オブ・フリーダム』を観てまず驚いたのは、児童誘拐や人身売買、性的虐待など国際的性犯罪の市場規模の大きさだ。年間1500億ドルとの統計もある。児童の数に換算したら数十万か数百万の単位かもしれない。

もう1つの驚きは、(内容ではないが)本作は公開初日の2023年7月4日興行収入が、同時期上映の『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』を抑えて1位を記録し、この年の全米映画興行収入でもトップ10にランクインしたとの情報だ。

なぜこれに驚いたのか。理由は簡単。それほどの映画ではないからだ。

実話をベースにしているとの触れ込みだが、荒唐無稽がすぎると感じるシーンがいくつかある。特に反政府ゲリラの戦闘員たちの描写は、B級映画のギャングの手下たちのように類型的だ。ジャングルに潜んで政府の軍隊と闘う彼らは、少女を密売組織から買う資金をどこから捻出したのか。いや何よりも、そんな下劣で低俗な志で政治権力と闘えるのか。

でも何よりも驚いたのは、(ネタバレになるので詳細は書かないが)最後のクレジットロールだ。これはプロモーションビデオなのか。メッセージの意味を取り違えている。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザの砂地から救助隊15人の遺体回収、国連がイスラ

ワールド

トランプ氏、北朝鮮の金総書記と「コミュニケーション

ビジネス

現代自、米ディーラーに値上げの可能性を通告 トラン

ビジネス

FRB当局者、金利巡り慎重姿勢 関税措置で物価上振
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story