コラム

そこまで見せるか...マスコミの「恥部」を全部さらすドキュメンタリー『さよならテレビ』

2021年05月20日(木)18時10分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<視聴率に固執する報道番組の裏舞台、正社員と派遣社員の格差、権力監視をめぐるディレクターやプロデューサーたちの温度差──そこまで撮るのか、と僕を含むテレビ業界人たちは唖然とした>

2011年、愛知のローカルテレビ局である東海テレビ放送でオンエアされたドキュメンタリー番組『平成ジレンマ』が劇場版映画として再編集されて、全国のミニシアターで上映が始まった。

この企てのキーパーソンはプロデューサーである阿武野勝彦。その後も阿武野は自身が制作した多くのテレビ・ドキュメンタリーを放送後に再編集し、映画として公開し続けた。

今でこそテレビで放送されたドキュメンタリーを再編集して劇場で上映することは珍しくないが、東海テレビはいわばその先陣だった。さらに東海テレビの特質は、扱うテーマの際どさだ。体罰が原因で塾生の死亡事故を引き起こし、服役した戸塚ヨットスクールの戸塚宏が被写体の『平成ジレンマ』に続き、名張毒ぶどう酒事件の死刑判決に真っ向から異を唱える劇映画『約束』、死刑反対のシンボル的存在で多くの人からバッシングされていた安田好弘弁護士を被写体にした『死刑弁護人』、大阪の指定暴力団・東組の二次団体「清勇会」に密着してヤクザの人権について問題提起する『ヤクザと憲法』など、とにかく問題作ばかりだ。

特に組員たちの仕事や日常が一切モザイクなしで映し出される『ヤクザと憲法』には、僕も含めて多くのドキュメンタリストが唖然としたはずだ。それを言葉にすれば「撮っていいのか」。あるいは「放送(上映)していいのか」。見れば可能だったと気付く。ならばなぜ駄目だと思い込んでいたのか。テレビが大好きだと公言しながら阿武野は、日本のテレビの閉塞状況を内側から壊そうとする。いや何度も壊している。多くの人(特にテレビ業界人)は映画を見て気付く。壊せるのだ。自分たちは萎縮していただけなのだと。

23年前にテレビディレクターだった僕は、放送する予定だった作品をテレビから拒絶され、仕方なく自主製作映画とした。だから思う。もしも23年前に阿武野が局にいてくれたら、その後の僕の人生はずいぶん変わっていたはずだ。

2017年末に忘年会で顔を合わせたとき、「次のテーマはテレビだよ」と阿武野は言った。このときは意味がよく分からなかった。そして18年、阿武野は自分たちを被写体にしたドキュメンタリー番組『さよならテレビ』を放送し、20年に劇場公開する。

視聴率に汲々(きゅうきゅう)とする報道番組の裏舞台。正社員と派遣社員の格差問題。権力監視をめぐるディレクターやプロデューサーたちの温度差。こっそりと仕込まれるピンマイク。そこまで撮るのか。そこまでさらすのか。やっぱり僕を含むテレビ業界人たちは唖然とした。監督は『ヤクザと憲法』に続いてこれが3本目となる圡方(ひじかた)宏史。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長

ワールド

ノルウェー中銀、金利据え置き 引き締め長期化の可能

ワールド

トルコCPI、4月は前年比+69.8% 22年以来

ビジネス

ドル/円、一時152.75円 週初から3%超の円高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story