コラム

親ガチャ論議が広がる日本は「緩やかな身分社会」

2021年09月28日(火)16時15分

FIGURE, FROM LEFT: WAKILA/ISTOCK, THANYATHEP EAKPHAITOON/ISTOCK; YOYOCHOW23/SHUTTERSTOCK (CAPSULE)

<「親ガチャ」という言葉が話題だ。「どうせ親ガチャなんだ」という認識がある種のカタルシスをもたらすのは、日本が建前と現実の乖離した社会だからだろう。しかし、この言葉にはズレがある>

「親ガチャ」という言葉が話題だ。ネットだけでなくテレビのワイドショーでも取り上げられている。

「ガチャ」の語源はカプセルに入った玩具がランダムに出てくる「ガチャガチャ」。多くのスマホゲームにも似たような仕組みがある。

要するに「親ガチャ」というのは、自分の人生は親や家庭によって決まるところ大であり、にもかかわらずどんな親のもとに生まれてくるかは運任せ、金持ちの家庭ならアタリ、貧しい家庭ならハズレというような話だ。

実際のところどれだけの若者がこの言葉を使っているのかは不明だが、多くのメディアが取り上げたことで認知は大きく広がった。いずれにせよ、「親ガチャ」には誰しも何かしら言いたくなるところがあるようだ。

身もふたもない話だが、日本社会には生まれによる不平等がある。教育学者の松岡亮二氏が『教育格差』で示した分析によると、戦後の日本は公教育を通じて建前としての平等な機会を提供してきたものの、実際には生まれ(出身家庭の社会階層や出身地域)による最終学歴格差が存在する「緩やかな身分社会」だった。

現在の日本はもちろん身分社会ではない。だが人生のスタート地点での不平等を社会的な仕組みで完全に打ち消すことはできておらず、東大生の家庭の年収が平均よりかなり高い事実なども指摘されてきた。

一方には生まれながらの恩恵が、もう一方にはハンディキャップがある。厳しい境遇からの立身出世話が好まれるのも、結局はそれがレアであることを私たちがよく知っているからだ。

だが、高学歴や高所得などで「成功」を遂げた人は、それを自らの努力や能力の結果と捉えがちだ。そして同じ尺度で他人を「失敗」したと見下してしまう。マイケル・サンデルの話題の新刊『実力も運のうち 能力主義は正義か?』もこの問題を指摘している。

現代の能力主義社会において、社会的格差は単に経済的な問題にとどまらない。むしろ不当なおごり、敬意の不足、屈辱や怒りのほうにより強く関わっている。

「どうせ親ガチャなんだ」という認識がある種のカタルシスをもたらすのも、日本社会が建前と現実が乖離した「非公式の身分社会」だからだろう。そして、そうであるにもかかわらずその事実を直視してこなかったからではないか。

プロフィール

望月優大

ライター。ウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。著書に『ふたつの日本──「移民国家」の建前と現実』 。移民・外国人に関してなど社会的なテーマを中心に発信を継続。非営利団体などへのアドバイザリーも行っている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場・寄り付き=ダウ約300ドル安・ナスダ

ビジネス

米ブラックロックCEO、保護主義台頭に警鐘 「二極

ビジネス

FRBとECB利下げは今年3回、GDP下振れ ゴー

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story