コラム

ファーウェイ問題の核心

2019年01月22日(火)17時49分

しかしここで日本がアメリカに言われるがままに中国産機器を追放するとしたら、アメリカによる情報抜き取りは大いに結構ですが中国はダメですと言っているようなものであり、国民としてとうてい納得できるものではない。EUのように、個人情報の保護とデータの国外への持ち出しに法の網をかけ、いかなる国によるものであれ、情報の不正な抜き取りは許さない体制を築くべきだと思う。

日本でにわかに起きたファーウェイ製品追放の動きは、私には2008年に中国産冷凍ギョーザに高濃度の農薬が仕込まれた事件のあとに起きた中国産食材追放の動きと重なって見える。当時、スーパーの棚から中国産と書かれた食材が撤去され、多くの中華料理店の店先には「当店では中国産食材は一切使っていません」という張り紙が出た。

テレビや週刊誌で連日「中国産食品の危険」が喧伝されるなかで、スーパーや中華料理店では顧客離れを防ごうとして、本当は危険などないとは知りつつも、中国産食材追放の風潮に同調せざるを得なかった。

しかし、実際には中国産食材を追放することは、食中毒のリスクを減らす対策として全く誤っていた。2013年には日本国内の工場で従業員により冷凍食品に農薬が仕込まれる事件が起き、厚生労働省の調べでは2800人以上がこの工場の製品を食べて食中毒になった。2家族が被害に遭った中国産ギョーザ事件とは桁違いである。どこの製品であろうとも工場、流通の各段階で検査を強化する、というのが本来取られるべき対策であったが、「日本産=安心、中国産=危険」という図式に多くの企業や国民が流された結果、甚大な被害が生じてしまったのである。

今回ソフトバンクが今後調達する5Gの機器だけでなく、現在使っている4Gの機器に関しても中国製を入れ替える方針を即座に決めたのも、風評被害による顧客離れを恐れたためであり、本当に中国製にリスクがあると思ったわけではないと思う。実際、アメリカと諜報活動で協力する「ファイブアイズ」の構成員としていちはやくアメリカに同調する姿勢を見せたオーストラリアとニュージーランドでさえも4Gの通信機器に関しては依然として中国製を使い続けている(Light Reading, Dec.13, 2018)。

風評の火の粉が飛んでくる前に手を打ったソフトバンクの方針は、一企業の経営判断としては理解できるが、日本全体としては、中国製品を追放すれば安心だ、と思い込むのではなく、ここで立ち止まってデータの漏洩問題とそれに対する対策のあり方について真剣に検討すべきである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザの砂地から救助隊15人の遺体回収、国連がイスラ

ワールド

トランプ氏、北朝鮮の金総書記と「コミュニケーション

ビジネス

現代自、米ディーラーに値上げの可能性を通告 トラン

ビジネス

FRB当局者、金利巡り慎重姿勢 関税措置で物価上振
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story