コラム

「何のための実証実験か」事故を乗り越え、自動運動で日本が世界をリードするには

2022年03月02日(水)19時25分
自動運転バス

自動運転バスが走行する都市のイメージ Scharfsinn86-iStock

<自動車産業は100年に一度の変革期を迎えている。自動車で世界をリードしてきた日本には自動運転でも新たな基盤を築いてほしいところだが、今その気概は感じられない>

東京2020パラリンピックの選手村では、選手や大会関係者の移動用にトヨタ自動車のバスタイプの自動運転車両「e-Palette(イーパレット)」が導入された。その車両が交差点を右折した際、日本代表で視覚障害者の北薗新光選手に衝突し、大会を欠場させてしまう事故が発生したことは記憶に新しい。オペレーターとして乗っていたトヨタ社員は書類送検され、事故は一社員の過失のように報じられた。

筆者は幾度となくバスタイプの自動運転車を取材してきたが、車両内外の安全を十分確認しながら、システムと人が役割を分担して運行しているため、1人が責任をすべて負うものではないと考える。事故で欠場したパラリンピアンはもちろん残念だったが、書類送検された社員もまた被害者だ。

実証実験はトーンダウン 日本に漂う挑戦を阻む空気

バスタイプの自動運転車両を用いた日本での実証実験では、仏NAVYA(ナビア)社のARMA(アルマ)や日野自動車のポンチョを改造したものが使われている。ヤマハ発動機の電動カートを用いた実証実験も多い。バスタイプの自動運転専用車はe-Pallet が日本初となる。今年度から日本製の車両を用いて実証実験ができると期待していた矢先の事故だった。

この事故が起きてから自動運転サービス(レベル4)を検討することに対して、これまで以上に失敗を恐れるようになり、トーンダウンしてしまった。

世界に引けを取らない日本の実績

デジタル化や電動化により100年に一度のモビリティ革命が起きようとしていて、経済産業省によると2030年までがその移行期だという。

アメリカ、ドイツ、中国など海外勢のバスタイプやタクシータイプの自動運転実証実験のニュースが称賛され、日本の技術が遅れているようなイメージが持たれている。しかし、実は日本勢も負けてはいない。

例えば、横浜のみなとみらい地区で日産自動車が商用EV「e-NV200」ベースの自動運転車両を用いて、Easy Ride(イージーライド)という自動運転サービスの実証実験を行っている。担当者いわく他国とは条件が異なるという。

「建物や人の少ない北米や自動運転の環境を作って走らせている中国と違って、高い建物が所狭しに立ち並び、歩行者や自転車が交錯する道路も多いなど非常に難しい環境下で実施している」

e-Palletも車内の空間は広々としている。何もないエリアでもその車両が走るだけでたちまち未来を感じさせるデザインだ。

高齢化社会を迎えた日本ならではのユニークな自動運転サービスも全国で数多く実施され、2021年度に実サービスを開始した地域もある。中山間部など人口の少ない地域では、ヤマハ発動機のゴルフカートが活躍している事例もある。

国ごとで異なる自動車の安全基準などを検討し相互の認証を推進する国際基準調和世界フォーラム(WP29/WP1)では、自動運転について議長国を務めるなど、国際的な活動も長年粘り強く頑張っている。

プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story