コラム

人類史上で最大の「富の移動」が起きている...中国ハッカーによる「知財盗み」の想像を絶する被害額

2023年07月19日(水)17時38分
中国によるハッキングイメージ

FellowNeko/Shutterstock

<元MI6(英秘密情報部)のサイバー専門家である筆者が見てきた、中国による「国家ぐるみ」のサイバースパイ工作の実態と規模とは>

近年、人類史上で最大規模の富の移動が起きていることをご存知だろうか。

その事実は数字から見れば歴然である。世界最大の経済大国であるアメリカの企業だけを見ても、知的財産(IP)が盗まれたことによる損失は、年間で約2500億~5000億ドルに上る。とんでもない規模で知財が盗まれている。

さらに特筆すべきは、それら損失のうち、サイバー攻撃による被害は1000億ドルほどになることだ。しかもウィルス感染などの攻撃によって組織の機能が停止したり、修繕にかかる「ダウンタイム」のコストを考えると、その被害額は3倍に膨れ上がると指摘されている。

こうした知的財産を守るためにはさまざまな課題が存在するが、その中でも最大の脅威と言えるのは、中国からの攻撃だ。

私がMI6(英秘密情報部)に勤務していた時代にもすでに、中国軍が「サイバー戦争兵器」を構築し始めていたのを見ていた。ハッカーのリクルート方法、訓練方法、攻撃対象は急速に拡大していた。中国のサイバー軍は、政治的、イデオロギー的に敵対する者をターゲットにすることがほとんどだったが、ここ10年で、経済的な目的を推進するための企業スパイ活動に主要な目的をシフトしている。

中国のサイバースパイ工作は国家ぐるみの場合が多い

中国の場合、サイバースパイ工作によって知財を盗む行為が国家ぐるみの場合が多いということに注意が必要だ。中国には、盗み出した知財を国内企業に組み込んでいく政府の方針がある。しかも最近、アメリカをはじめとする欧米諸国からの輸出制限にさらされていることもあって、サイバー工作で奪おうとする動機も高まっている。また中国国内でビジネスをする際にも、知財が盗まれたり、強制的にノウハウを当局に明らかにする必要がある。

中国が主に狙ってくるのは、2015年に中国が経済政策「中国製造2025」で指定した重要分野であるIT(情報技術)産業やハイテク産業(特に半導体)に加えて、航空宇宙や海事、鉄道、船舶のハイテク技術、さらにエネルギー関連技術やバイオテクノロジー、製薬などだ。

こう見ると多くの人は他人事のように感じるかもしれないが、知財には芸術や文化、発明品、ブランド、ソフトウェアなど創造やアイデアも含まれる。さらにビジネスのノウハウやプロセスまでもが狙われており、多くの人に影響を及ぼすことになる。

プロフィール

クマル・リテシュ

Kumar Ritesh イギリスのMI6(秘密情報部)で、サイバーインテリジェンスと対テロ部門の責任者として、サイバー戦の最前線で勤務。IBM研究所やコンサル会社PwCを経て、世界最大の鉱業会社BHPのサイバーセキュリティ最高責任者(CISO)を歴任。現在は、シンガポールに拠点を置くサイバーセキュリティ会社CYFIRMA(サイファーマ)の創設者兼CEOで、日本(東京都千代田区)、APAC(アジア太平洋)、EMEA(欧州・中東・アフリカ)、アメリカでビジネスを展開している。公共部門と民間部門の両方で深いサイバーセキュリティの専門知識をもち、日本のサイバーセキュリティ環境の強化を目標のひとつに掲げている。
twitter.com/riteshcyber

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

原油先物は下落、米高金利の長期化が需要圧迫との懸念

ビジネス

豪消費者信頼感、5月は前月比0.3%低下 政府の物

ワールド

トランプ氏が起訴取り下げ要求、不倫口止め裁判

ビジネス

米デル、AI対応製品の品揃え強化へ 新型PCやサー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 10

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story