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長崎男児殺害事件から20年──誘拐現場、殺害現場はどちらも「入りやすく見えにくい場所」だった
このように、不特定多数の人が集まる場所では犯行に気づきにくい。そこが犯罪者の狙い目である。仮に犯行がバレたとしても、不特定多数の人が集まる場所では、犯行が制止されたり、通報されたりする可能性も低い。
人が多い場所では、犯行に気づいても、「たくさんの人が見ているから、自分でなくても誰かが行動を起こすはず」と思って、制止や通報を控える傾向がある。居合わせた人全員がそう思うので、結局誰も行動を起こさない。その様子を見て誰かが行動を起こすかといえば、今度は、「誰も行動を起こさないところを見ると、深刻な事態ではない」と判断してしまう。
こうした心理は「傍観者効果」と呼ばれている。プリンストン大学のジョン・ダーリー教授と人間科学センターのビブ・ラタネ所長が、実験によってその存在を証明した。
二人は、仕事帰りの女性が自宅アパート前で暴漢に刺殺された米ニューヨークのキティ・ジェノヴェーゼ事件(1964年)に触発されて研究に取り組んだ。この事件では、38人の目撃者が誰一人として警察に通報せず、見て見ぬふりしたと、その冷淡さが非難されていた。
しかし、ダーリー教授とラタネ所長の結論は違った。その結論は、多くの人が被害者を助けなかったのは、その人たちの性格が冷淡だからではなく、その人たちが他人の存在を意識したからであるというものだった。
例えば、あなたが一人で電車に乗っているとしよう。そこに見知らぬ男が乗り込んできた。とその時、バタッと床に倒れた。この場合、あなたは必ず助けるだろう。だが乗客が30人いたらどうだろう。この場合、一人ひとりの責任は30分の1に減る。その結果、自分でなくても誰かが助けるだろうと誰もが判断する、というのが社会心理学の主張だ。
このように、不特定多数の人が集まる場所は、周囲の積極的な関与を犯罪者が恐れる必要のない、つまり、心理的に「入りやすく見えにくい場所」なのである。
屋上は「見えにくい場所」
次に、この事件の殺害現場は、物理的に「入りやすく見えにくい場所」だった。この事件では、7階建ての立体駐車場の屋上から、男児が突き落とされた。立体駐車場の入り口を見ると、料金の徴収員がブース内に座っているが、駐車場の中を向いていて、道路に背を向けている(写真1)。そのため、徴収員に気づかれずに、階段とエレベーターホールに続くビル横の通路に入れる。つまり、この立体駐車場は「入りやすい場所」だったのだ。
そして、屋上は「見えにくい場所」だった。なぜなら、屋上は見晴らしがよく、死角はほとんどないが、人の視線そのものがなく、どこからも、誰からも見てもらえそうにないからだ(写真2)。「見えにくい場所」は、死角がある場所に限られるわけではないのである。
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