コラム

ロシアの新たな武力機関「国家親衛軍」はプーチンの親衛隊?

2016年04月13日(水)16時30分

 2014年には全中央省庁や地方事態、国営企業などの戦時体制を定めた「国防計画」と呼ばれるマニュアルが策定され、これに合わせてロシア国内での大規模軍事作戦を想定した「領域防衛」シナリオが大規模軍事演習に盛り込まれるようになっている。実際、国家親衛軍の設立を命じる大統領令には国家親衛軍の任務として「領域防衛」への関与及び国境警備の支援が盛り込まれており、北カフカスなどの地域でイスラム過激主義勢力の浸透を防ぐことやこれらを掃討することが想定されているものと思われる。

 さらに、2014年に改訂された「軍事ドクトリン」や2015年改訂の「国家安全保障戦略」では、外国の情報機関等が反政府運動や過激主義勢力を扇動してロシアの体制転覆を目論む「カラー革命」型の事態(2014年のウクライナ政変もそのような事態とロシア側は位置付けている)が軍事的な危険として強調されている。ロシア側の見方に従えば、ここで述べた第二、第三の事態も「カラー革命」の火種となりかねず、したがって強力な国内治安部隊が必要であるということになろう。

準軍事組織を巡る権力闘争

 もっとも、多くの識者が指摘するように、国内軍とOMONの協力による反政府デモの鎮圧にせよ、国内軍によるイスラム過激主義者の掃討にせよ、これまでも国内軍が行ってきた任務であり、深刻な問題が発生しているわけではない。また、プーチン大統領の支持率が低下しているとは言っても依然として同氏が身辺の不安を覚えるようなレベルに至っているとも考え難い。

 これについてロシアの情報機関に詳しいソルダートフは、ゾロトフ国内軍総司令官が内務省から独立して自らの権力基盤を欲しているのだと指摘しているが(BBCロシア語版4月7日付)、このような情報・治安機関内の権力闘争という側面も第四の背景として考えられよう。

 ゾロトフ国内軍総司令官はもともと内務省の出身ではなく、ソ連国家保安委員会(KGB)で要人警護などを担当していた第9総局のボディガード要員であった。1991年8月のモスクワ・クーデターの際には、戦車の上で演説するエリツィン大統領の隣で身辺警護に当たっている写真が残っている。

 ソ連崩壊後はプーチン大統領の恩師でサンクトペテルブルグ市長を務めていたサプチャク氏のボディガードとなったが、ここで当時の副市長であったプーチン氏の知己を得て、ボクシングや柔道の相手を務めるようになったとされる。2000年にプーチン政権が成立すると、ゾロトフ氏は第9総局の流れを汲む連邦警護局(FSO)の大統領警護責任者に抜擢され、後に同局長に就任した。それが一転して国内軍総司令官となったのは2013年とごく最近のことである(これは事実上の降格人事であったと言われる)。そのゾロトフ氏が国家親衛軍総司令官として政治的地位を高めたことが何を意味するのかが今後の注目点となろう。


*このコラムの筆者による新著

プロフィール

小泉悠

軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在は未来工学研究所研究員。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story