コラム

セルビアに急接近するロシア──バルカン半島をめぐる西側との綱引き

2016年01月19日(火)19時05分

 これに対して現在のロシアには求心力を発揮しうるソフト・パワーが乏しく、経済的にもバラ撒きが行える状態ではない。ロシアの重要な対外政策上のツールであったエネルギー協力についても、セルビアを通過するはずだったサウス・ストリーム計画がウクライナ危機で中止に追い込まれたことから、セルビアとしてはロシアに協力してガスの通過料を得られる見込みもなくなってしまった。

 こうなると、残るのは、ロシアが得意とする武器輸出である。ロシアは毎年150億ドルもの武器を輸出する世界第二位の武器輸出国であるが、かつてロゴジン首相が「武器輸出は第二の外交政策」と述べたように、対外政策面で影響力を発揮する重要なツールでもある。

 今回のセルビア訪問で防空システムの売り込みが熱心に行われたのも、隣国のクロアチアが米国からATCMS短距離弾道ミサイル(射程300キロメートル)を購入する計画が持ち上がったことなどが背景にある。

 とはいえ、セルビアとしては前述のようにEU加盟を進める方針は今のところ変わっておらず、NATO加盟国であるクロアチアとことを構えるのも現実的には考え難い。武器輸出や合同演習といった軍事面での協力はある程度進むであろうし、セルビアはNATO加盟の意向を今のところ示していないが、政治・経済面でロシアがセルビアをどこまでつなぎとめられるのかは微妙なところであると言えよう。

 今後の焦点となりそうなのはコソボの独立問題(2008年に独立を宣言したがセルビアやロシアは認めていない)で、セルビアのEU加盟話が進むほどに同問題が先鋭化してくる可能性がある。このような中でロシアがどこまでセルビアとの関係強化を進めてくるのか、旧ユーゴスラビアのその他の地域でどのような手段に出てくるのかなどが2016年のロシアの対外政策を考える上での一つの焦点となろう。

プロフィール

小泉悠

軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在は未来工学研究所研究員。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆

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