コラム

トランプもバイデンも、日本製鉄のUSスチール買収に反対...日本が思い出すべき、かつての「身勝手」

2024年02月22日(木)11時05分
日本製鉄によるUSスチール買収

POETRA.RH/SHUTTERSTOCK

<トランプによるUSスチール買収反対には選挙対策ではない面も。こうした動きの背景にはアメリカの通商政策と世論の変化がある>

トランプ前米大統領が、日本製鉄によるUSスチールの買収に断固反対の意思を表明したことが波紋を呼んでいる。日本はこれまで自由なアメリカ市場をフル活用し、輸出や現地法人の設立、企業買収などを通じて事業拡大を進めてきたが、経済のブロック化が進むなか、今後、こうしたスキームが取りづらくなる可能性が高まっている。

日本製鉄はアメリカの伝統ある製鉄会社USスチールの買収を試みている。アメリカでの製鉄業は以前から斜陽産業と見なされており、買収はスムーズに進むと思われていたが、トランプ氏再選の可能性が急浮上したことで状況が変わってきた。

トランプ氏は通商政策に関しては極端に保護主義的であり、中国からの輸入に対して60%の関税をかけ、日本など友好国からの輸入にもやはり10%の関税を課す方針といわれる。当然のことながら外国企業による買収も否定的だ。

トランプだけでなくバイデンも買収に反対

選挙対策の過激発言という面は否定できないが、100%そうとは言い切れないところにこの問題の厄介さがある。大統領の座を争うことになるであろう現職のバイデン氏も同社買収に強く反対しており、自国中心主義、保護主義は党派を超えた動きとなりつつある。この動きは日本にとって決して無視できない流れといえる。

戦後の日本経済はアメリカの自由貿易主義に支えられてきたと言っても過言ではない。昭和から平成にかけて日本企業は安価な工業製品をアメリカに大量輸出し外貨を稼いできた。日本の輸出攻勢によって多くのアメリカ企業が倒産し労働者は職を失ったが、それでもアメリカは自由貿易をやめなかった。時代が変わっても、現地法人への出資や買収などを通じてアメリカ市場でビジネスをすることは、相変わらず日本企業の基本戦略となっており、トヨタのような製造業は、北米市場を失えば致命的な打撃となる。

日本はアメリカの自由貿易主義の恩恵を受け、好きなだけモノを売ることができたわけだが、この状況について日本側がどれだけ客観的に認識できていたのかはかなり疑わしい。日本社会は企業のリストラに極めて否定的であり、終身雇用を守るのが当然だという論調が大勢を占めていた。企業買収にも否定的で、特に海外からの買収に対して「乗っ取り」「ハゲタカ」などと罵るケースも珍しくなかった。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story