コラム

プリゴジン「反乱」で、ロシアは反撃の大チャンスを失った...見えてきたウクライナ「終戦」の形とは

2023年07月12日(水)18時19分

そして、経済利益=利権という問題がある。いま戦場になっている東ウクライナは、ソ連時代から鉱工業の中心地。石炭、鉄鉱石だけでなく、欧州最大規模のリチウム鉱床まで抱える。ソ連時代に大型核ミサイルや空母、軍艦やヘリコプターのエンジンを独占供給していたのも、この地帯。

ソ連崩壊後、ここはリナト・アクメトフなどのオリガルヒ(新興財閥)の拠点となったが、彼らはロシア軍・企業とも取引していた。ロシアにとってウクライナ経済をEUに席巻されることは、自分の力を大きくそがれることを意味している。

紛争を起こすものは、Greed(強欲)、Hubris(おごり)、Bigotry(無知・無恥)だと言われる。ウクライナ、ロシアのオリガルヒの強欲、ウクライナ過激右派や米国ネオコン系のおごり、無知。ウクライナ戦争でもこの三悪はべったりと顔を出している。それらのつけを払わされるのは、ウクライナとロシアの国民だ。

ロシアの「オウンゴール」とは

6月初め、ウクライナ軍は東部、南部、クリミア半島からロシア軍を駆逐するべく、大攻勢を開始した。しかし成果はほとんど上がっていない。

南部ではカホフカ・ダムの爆破による洪水で進軍できず、東部では冬季の間にロシア軍が縦深10キロ以上の地雷原・塹壕・堡塁から成る防衛線を構築して、ウクライナ軍を止めている。ウクライナが西側から得た新型戦車なども、既にかなり破壊された。ウクライナ軍の息切れを見計らってロシア軍が攻勢に出れば、ウクライナの命運は分からない......。

その時、ロシアはオウンゴールで今後の成り行きを大きく変えた。「ワグネル反乱」事件だ。もともとロシア軍諜報機関がつくったとされるワグネルとそのトップであるエフゲニー・プリゴジンは、ウクライナ戦争で便利に使われ、この1年で10億ドル相当を政府から得て、戦いを一手に引き受けてきた。

軍上層部は自分の命令に従わないワグネルを以前から敵視し、6月末には軍に吸収合併する決定を下す。これを受けてプリゴジンたちは戦車や装甲車を連ねてロシア南部ロストフナドヌから首都モスクワへ、セルゲイ・ショイグ国防相らの解任を求めて猛進を開始する。

これは陳情行進だったが、プーチンや軍の上層部は「反乱」と断定。行進を中止させ、プリゴジンを厄介払いする。彼をこれまで引き立ててきたプーチンの権威は大きく損傷した。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

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