コラム

オスマン帝国の記憶を取り戻し始めたトルコ

2022年11月26日(土)14時30分

ロシアのウクライナ侵攻後、存在感を増すエルドアン ADITYA PRADANA PUTRAーG20 MEDIA CENTERーHANDOUTーREUTERS

<ウクライナ戦争でロシアが退潮するなか、トルコはかつてのオスマン帝国の勢力圏だった中東や中央アジアに手を伸ばそうとしている>

ウクライナ戦争で、トルコの出番が増えている。エルドアン大統領は11月1日、プーチン大統領に電話し、「ウクライナは穀物輸出船にドローンを載せてロシア軍艦を攻撃した。ついては、ウクライナ穀物輸出の封鎖を再開する」と言うプーチンを説得。軍艦攻撃からわずか4日で、穀物封鎖を解除した7月の国際合意に復帰させた。トルコはNATO加盟国だが、ロシア制裁には加わっていない。他方、ウクライナにはドローンを販売しており、双方に貸しがあるので、これまで何度も停戦の斡旋に乗り出している。

ウクライナだけではない。このごろ旧ソ連の南辺地域では、どこを切ってもトルコが出てくる「金太郎あめ」状態だ。2020年秋、アゼルバイジャンとアルメニアの領土紛争が火を噴いたが、この時トルコは民族的に近いアゼルバイジャンにドローンを多数供与し、戦術まで指南して、アゼルバイジャンを電撃的勝利に導いた。

その後も再燃する紛争を鎮めるために、トルコはアゼルバイジャン、アルメニアとの3者首脳会談を主宰。戦争でロシアに助けてもらえなかったアルメニアは、仇敵トルコ(昔、オスマン帝国支配の下アルメニア人はひどい目に遭っている)の軍門に下った格好で、ソ連からの独立後もなかった外交関係の樹立を話し合い始めた。

ソ連崩壊後もこの地域を仕切ってきたロシアは、いまウクライナで手いっぱいだ。先端技術製品はトルコ経由でしか入ってこないし、天然ガスも黒海縦断パイプラインを通じてトルコ経由で南欧に輸出できているから、どうしようもない。

つけ上がればたたかれるのは道理

トルコは、ウクライナ戦争でロシアと距離を置き始めた中央アジアにも手を伸ばす。もともとトルコ民族の故地は、今のトルクメニスタンの辺り。トルコ語の元であるテュルク語系言語は、ウズベキスタン北部、カザフスタン、キルギス、中国の新疆ウイグル自治区、ロシアのサハ共和国などに広く分布する。この民族的・言語的親近さがトルコの売りもので、早くからテュルク語諸国の国際会議を主宰し、21年にはこれをテュルク諸国機構と改名してその盟主的存在に収まった(タジキスタンはペルシャ語系なので不参加。トルクメニスタンは永世中立を標榜してオブザーバー参加のみ)。

トルコは人口約8400万の大国である。GDPはサウジアラビア並みの世界20位だが、兵力65万はNATOの欧州諸国の中では堂々の1位。エルドアンは03年に首相に就任したとき、EUに加盟を懇請して拒否される屈辱をなめ、目を中東(オスマンの旧版図だ)と中央アジアに転じた。ロシアが退潮する今、ユーラシア大陸の真ん中でトルコは中国、ロシアと同格のメジャーな存在となった。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏GDP、第1四半期前期比+0.4%に加速 

ビジネス

米財務長官、EUと相互の関税引き下げ「不可能でない

ビジネス

米関税措置、撤廃求める基本姿勢は変わらない=石破首

ビジネス

フジHDの25年3月期、一転最終赤字に 金光社長は
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 9
    トランプの中国叩きは必ず行き詰まる...中国が握る半…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story