コラム

「一度手に入れたものは返さない」ロシア──日本に求められる「普通」の外交

2022年10月20日(木)15時13分
北方領土

Daniel Leussink-REUTERS

<弱ると動くが、力を回復すればすぐに合意をひっくり返すロシア。「ロシアが疲弊すれば北方領土は返ってくる」といたずらに期待すべきではない理由とは?>

1992年頃、モスクワでのことだ。ソ連崩壊後、混乱と疲弊の中にあったロシアは北方領土問題で譲るような姿勢を示し、日ロ間で真剣なやりとりが行われていた。日本大使館で広報を担当していた僕は、レセプションでロシアの友人に言われた。「河東さん、ロシアはいま弱っている。領土の話はロシアが回復するまで待ってくれ。いま譲っても国内で反発が出て話は絶対壊れる」と。

話し合いは続いたがロシアは譲らず、2000年代に原油価格の高騰ですっかり体力を回復すると、「北方四島のロシア領有は戦後の現実。これを変えることはできない」と言うようになった。「弱くても駄目、強くなると一層駄目。要するに一度手に入れたものは返さない」のがロシアの立場なのだ。

冷戦時代に膠着していた北方領土問題は、ソ連が弱体化したミハイル・ゴルバチョフ大統領末期に話が動き始めた。当時の小沢一郎自民党幹事長は多額の支援との引き換えに島の返還を図る案を進めた。しかし、91年4月に来日したゴルバチョフ大統領は領土では一寸も譲らず、ビザなし交流の開始を提案した程度にとどまった。

ソ連崩壊後のロシア大混乱のなか、ボリス・エリツィン大統領は北方領土問題を積極的に手掛ける姿勢で日本の気を引き、日本もロシアの民主化・経済改革を積極的に支援し始める。

93年10月に来日したエリツィンは「東京宣言」に署名し、北方四島の帰属について歴史的経緯を勘案し、法と正義の原則に基づいて解決していくと声明した。そしてエリツィンは97年11月、当時の橋本龍太郎総理と00年までには平和条約を結ぶことで合意するのだが、病気と経済混乱で99年末に辞任してしまう。

「四島返還」の旗は降ろすな

続くウラジーミル・プーチン時代、日本は随分直接投資も行い、ロシア経済に真剣に対応した。それもありプーチン大統領は、エリツィンがあえて言わなかった56年の日ソ共同宣言(歯舞・色丹は平和条約締結後引き渡すと明示)の有効性を認める。

だがその後、日ロ関係はつるべ落としに後退し、米ロ関係も悪化を超えて敵対関係に入っていく。オホーツク海に長距離核ミサイル搭載の原潜を潜ませ、アメリカにいつも照準を定めているロシアにとっては、北方四島をおいそれと日米同盟の支配下に置きたくない。

それでも北方領土問題を動かそうとした安倍晋三元首相は結局失敗。22年2月に岸田文雄政権が制裁に加わったことで、翌月ロシアは日本を非友好国リストに入れ、9月には北方領土とのビザなし交流を破棄した。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、米関税巡る懸念和らぐ 3

ワールド

米ロ、黒海での停戦巡る協議終了 25日に共同声明発

ワールド

非OPECプラス産油国、ブレント下落で生産鈍化へ 

ビジネス

中国BYD、第4四半期は73%増益 販売増で過去最
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放すオーナーが過去最高ペースで増加中
  • 4
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    コレステロールが老化を遅らせていた...スーパーエイ…
  • 7
    ロシア軍用工場、HIMARS爆撃で全焼...クラスター弾が…
  • 8
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 9
    トランプの脅しに屈した「香港大富豪」に中国が激怒.…
  • 10
    「トランプが変えた世界」を30年前に描いていた...あ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャース・ロバーツ監督が大絶賛、西麻布の焼肉店はどんな店?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 9
    古代ギリシャの沈没船から発見された世界最古の「コ…
  • 10
    「気づいたら仰向けに倒れてた...」これが音響兵器「…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story