コラム

ウクライナ戦争で高まる日本の核武装論の前に議論すべきこと

2022年03月19日(土)15時30分

日本はスイスのようになれる?(写真はスイス陸軍) RUBEN SPRICHーREUTERS

<タブーなき言論がさけばれているが、日本には欧米社会が持つ当たり前の国防意識が欠如>

ロシアのウクライナ侵攻が続く。路上を歩く市民が砲弾で吹き飛ばされる生々しさはコンピューターゲームとは違う。文明国同士ではもうあり得ないと思っていた戦争がいとも簡単に起き、非文明の世界になってしまう。

これを受けて、「アメリカに守られた体制の中でアメリカの戦争を非難し、平和を叫んできた戦後ののんきな時代は終わり。憲法改正、核武装、いろいろなタブーを外して安全保障を現実の問題として考えよう」と言いたくなるが、それもまた紋切り型で思考停止に近い。

問題は、日本の政府や社会がまだ「近代国家」という怪物を使いこなせるほど熟していないことだ。そして政府の当事者たちも日本の安全保障をこれからどうしたらいいのか、方向性がつかめていない。

どういうことか? まず、多くの国民が問題視する日米同盟なしに日本はやっていけるか。日本が米中ロという強国に取り囲まれているのに似て、スイスはフランス、ドイツ、イタリア、オーストリアという勢力に取り囲まれている。

だがスイスは、これら勢力を相互に牽制させ合うことで独立を守ってきた。それも、自分は軍を持たないから襲うなというのではなく、スイスの中立を侵す者は武力で撃退する気構えとそれができる兵力を備えての話だ。こういうやり方が日本はできるか? 多分、駄目だろう。

日本では物事を決めるのに時間がかかりすぎるというか、決まらない。核武装も考えなければいけないのだが国論は分裂するだろうし、アメリカをはじめ他国も認めまい。ということは、ウランも買えないということだ。

それより大きな問題は、日本では政府と国民の間の一体感が少ないこと。大衆はトップがマッカーサーでも服従したし、自社の「社長」に中国人がなっても構わないだろう。

お偉方は別世界の生き物であり、彼らに「国防意識を持て。国家の主権を大切にせよ」と上から目線で言われても、「自分のことは自分で守れ」と思ってしまう。

政府とは国民がつくり国民のために働くもの。だから国民は政府の防衛努力を評価するという、欧米では当たり前のことが日本にはない。なにより、徴兵への恐怖が染み込んでいる。現代の軍隊は高度の技術を使うので昔のような徴兵ということにはならないのだが。

社会全体が今の安定にどっぷりつかり、エラーをしないこと、生意気だと見られないことばかり考えている。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米財務長官、ロシア凍結資産活用の前倒し提起へ 来週

ワールド

ウクライナ、一部受刑者の軍入隊を許可 人員増強で

ワールド

北東部ハリコフ州「激しい戦闘」迫る、ウクライナ軍総

ビジネス

NY連銀、新たなサプライチェーン関連指数発表へ 2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 2

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 3

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 4

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「香りを嗅ぐだけで血管が若返る」毎朝のコーヒーに…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story