コラム

【解説】トルコのシリア越境攻撃――クルドをめぐる米国との確執

2016年09月05日(月)12時54分

 SDFに参加するスンニ派勢力の主力はスンニ派部族勢力で、米軍の「穏健な反体制派」部隊の創設プログラムが挫折した後、米軍の働きかけによってYPGとの共同戦線を組んだ地元勢力だ。これから予想されるマンビジをめぐる自由シリア軍との攻防戦では、SDFのクルド人勢力(=YPG)は米国の圧力で撤退するしかないが、米国はSDFに参加したスンニ派部族勢力を見捨てることになるだろうか。米国とトルコの間で調整が行われなければ、反体制のアラブ人同士が殺し合うことになりかねない。

 スンニ派勢力にはISに協力している部族も多く、シリアのラッカ周辺でも、スンニ派部族長がISに忠誠を誓う映像が、インターネットの動画サイトで流れている。ISに協力しているスンニ派部族は、シリアではイランやヒズボラに支援されたアサド政権の圧力を受けた結果、ISに助けを求めた者たちであり、イラクではシーア派主導の中央政府の抑圧政策に反乱を起こしたスンニ派部族である。

 ISがイラクとシリアのスンニ派部族を従えているのは、両国での「スンニ派の受難」という現実があるからだ。それに対して、米国がイラクではシーア派主導政権を使ってスンニ派地域でのIS掃討作戦を続け、シーア派民兵による残虐行為が報告されている。シリアではクルド人勢力を使ってのIS掃討である。米国のやり方では、ISに軍事的な打撃を与えられても、スンニ派勢力の受難は続き、問題の解決にはならない。

 その意味では、トルコがスンニ派の自由シリア軍やイスラム勢力を支援して、クルド人勢力の影響力を排除し、IS制圧の主導権をスンニ派勢力に取り戻すことは、方向性としては間違っていない。しかしトルコの意図は、ISの排除ではなく、クルド人の排除にあるから、いまトルコの進軍を歓迎しているスンニ派の反体制勢力も、トルコがアサド政権と関係を正常化するようなことになれば、梯子をはずされ、頭を抑えられることになる。

 今回のトルコの越境作戦は、シリア内戦では、イランとヒズボラの参戦(2013年春)、米国の空爆開始(2014年9月)、ロシアの参戦(2015年9月)に続く、大きな節目となる。シリア情勢はアサド政権によるアレッポなど反体制地域への空爆や都市包囲攻撃で民間人の犠牲が増え、人道危機が深まっている。しかし、いまの関係諸国の関心は、人道危機を終わらせることではなく、自国の利益を確保することだけである。トルコの参戦という新たな事態によって、今後、関係国のせめぎあいが強まり、シリアの状況は混迷を深めることが危惧される。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=急落、ダウ1679ドル安 トランプ関

ワールド

関税に対する市場の反応、想定されていた=トランプ氏

ワールド

米「NATOに引き続きコミット」、加盟国は国防費大

ビジネス

NY外為市場=ドル対円・ユーロで6カ月ぶり安値、ト
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最後の1杯」は何時までならOKか?...コーヒーと睡眠の「正しい関係」【最新研究】
  • 2
    アメリカで「最古の銃」発見...いったい誰が何のために持ち込んだ?
  • 3
    【クイズ】日本の輸出品で2番目に多いものは何?
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    得意げに発表した相互関税はトランプのオウンゴール…
  • 6
    「ネイティブ並み」は目指す必要なし? グローバル…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    アメリカから言論の自由が消える...トランプ「思想狩…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story