コラム

【解説】トルコのシリア越境攻撃――クルドをめぐる米国との確執

2016年09月05日(月)12時54分

Umit Bektas-REUTERS

<8月下旬にトルコ軍のシリア侵攻が始まり、シリア内戦は大きな転機を迎えた。トルコの主目的は、イスラム国(IS)ではなく、3月に「連邦制」を宣言したクルド人勢力の排除。米軍はクルド人軍事組織「YPG」を支援してきたが、果たしてどうなるか。越境攻撃の背景、各国の思惑と利害、クルド人勢力とスンニ派勢力の行く末は――> (写真:トルコ軍の支援によりジャラブルスを制圧した「自由シリア軍」の兵士、8月31日)

 トルコ軍によるシリアへの越境作戦が8月下旬から続いている。これまでシリア内戦に直接関わることを避けていたトルコが介入したことで、5年半を過ぎたシリア内戦は大きな転機を迎えた。イラン、トルコ、サウジアラビア、米国、ロシアという外国勢力の思惑と利害でシリア内戦が動く構造がより露骨となり、実際に犠牲を払うシリア人の意思とは全く関係なく、泥沼化していくことになりかねない。

 トルコ軍のシリアへの越境作戦は8月24日に始まった。その4日前にトルコ南東部の都市ガジアンテプで「イスラム国」(IS)によると見られる自爆テロがあり、54人が死亡した。トルコ軍戦車は「自由シリア軍」を支援する形でシリア国境を越え、シリア北部のジャラブルスを数時間で制圧し、街を支配していたISを排除した。9月4日にはトルコ軍が支援する自由シリア軍はジャラブルスの西50キロのアッラーイまでの国境地帯からISを排除した。ISはトルコに入る通路を失ったとされる。

 トルコ軍のシリア越境作戦は「ユーフラテスの盾」作戦と名付けられている。トルコは作戦の狙いとして、ISだけではなく、クルド人勢力の排除も上げている。作戦ではクルド人勢力の拠点があるジャラブルス南方を空爆し、40人の民間人が死んだ。トルコは国境地帯からISを排除した後、クルド人勢力が動いて8月中旬にISを排除したマンビジに向けて動くのではないかと見られている。

 クルド人勢力というのは、シリアのクルド人組織「民主統一党」(PYD)と、その軍事組織「クルド人民防衛部隊」(YPG)だ。トルコ政府は、PYD/YPGはトルコ国内のクルド人過激派組織「クルド労働者党」(PKK)と一体だと見ている。

【参考記事】トルコのクーデータ未遂事件後、「シリア内戦」の潮目が変わった
【参考記事】トルコ軍の対ISIS越境攻撃はアメリカにプラス

トルコと米国のこじれた関係

 トルコが越境作戦に至った背景には、クルド問題をめぐる米国とのこじれた関係がある。今春以降、米軍はシリアでYPGを主体とするシリア民主軍(SDF)を支援しており、4月ごろからユーフラテス川の西側にあるIS支配下のマンビジへの攻略作戦を始めた。米国は当初、トルコの協力を求めたが、トルコは協力の条件として、YPGがユーフラテス川以西には入らず、掃討作戦はSDFに参加していないアラブ人勢力で行うべきだと求めた。結局、米軍がトルコの協力を得ないまま、SDFによるマンビジ制圧作戦を見切り発車させた。

 米軍の空爆による援護を受けたSDFは、6月半ばにはマンビジ周辺からISを排除し、市中心部の攻略へと進んだ。8月15日にマンビジを攻略し、北のジャラブルスに向けて進軍し、一方では南方にあるISのシリア側の都ラッカをうかがう態勢をとった。

 トルコ軍が今回ジャラブルスの制圧に乗り出した理由には、SDFが同市を支配するのを阻止することもあっただろう。SDFが制圧したマンビジの軍事委員会は現在、クルド人以外のアラブ人スンニ派部族勢力によって構成されているが、それでもトルコはYPGの統制下にあるSDFに反対しているので、トルコが支援する自由シリア軍がマンビジへの攻勢を強めることになろう。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アクティビスト、世界で動きが活発化 第1四半期は米

ワールド

フィンランドも対人地雷禁止条約離脱へ、ロシアの脅威

ワールド

米USTR、インドの貿易障壁に懸念 輸入要件「煩雑

ワールド

米議会上院の調査小委員会、メタの中国市場参入問題を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story