コラム

【解説】トルコのシリア越境攻撃――クルドをめぐる米国との確執

2016年09月05日(月)12時54分

米国のシリア内戦対応の迷走

 IS掃討作戦でクルド人勢力に頼る米国にトルコが警戒感と不信感を強めた結果が、今回の越境作戦につながった。もとをたどれば、米国のシリア内戦に対する軍事的関与の迷走がある。

 米国は2015年5月からISとの戦いのために「穏健な反体制派」を訓練し、武器を与え、年間5400人、3年間で1万5000人規模の反政権軍をシリアに創設するプログラムを始めた。しかし、訓練できる人員が集まらないことや、提供した武器がアルカイダ系組織に流れることなどを理由に、同年9月下旬にプログラムを停止した。

 その後、既存の組織に武器を提供する方策に転換し、出てきたのが「シリア民主軍」(SDF)だった。米国はSDFはクルド人だけでなく、アラブ部族やトルクメニスタン人も参加した合同部隊と説明したが、クルド人の軍事組織「クルド人民防衛部隊」(YPG)が主力だということは隠しようがなかった。

 YPGは2014年秋、トルコ国境に近いシリア北部の要衝アインアルアラブ(クルド名:コバニ)でISとの攻防戦を戦い、イラク北部のクルド地域政府のクルド民兵の支援も受けて、2015年1月にISを撃退した。米軍はYPGに武器を与え、空爆でも援護した。

クルド人勢力の「連邦制」宣言

 米軍の支援で勢いを得たYPGは2016年3月、シリア北部で一方的に「連邦制」を宣言し、クルド地域国家を創設する意思表示をした。SDFの勢力拡張について、アラブ有力紙からは「SDFが制圧した地域はクルド人の支配下に置かれてしまう」と警告する論調も出たが、米軍の後ろ盾を得てこの宣言が出たことが、トルコの越境作戦の原因となっている。

 シリアのクルド人勢力の「連邦制」宣言は、イラク北部のクルド地域政府を連想させる。しかし、トルコはイラクのクルド地域政府とは政治的、経済的な関係が深く、国内のクルド人過激派組織PKKの取り締まりでも協力を得ることができる。それに対して、シリア国内でYPGが自治地域を持つことは、YPGとPKKを一体と見るトルコにとって、そのまま自国への脅威となる。

 今回のトルコ軍の越境作戦は、ガジアンテプでのISによると見られる自爆テロがきっかけとなっているように見えるが、このような大規模な軍事作戦は2、3か月の準備をするのが普通であり、米国とクルド人勢力がトルコの意向を無視してマンビジ攻略に迫った6月くらいから作戦がたてられていたと考えるべきだろう。

トルコ外交の急転換が伏線

 越境作戦の実施にいたる伏線として思い当たるのは、6月から7月にかけてトルコのエルドアン政権が見せた外交の転換である。昨年11月のトルコ軍機によるロシア軍機撃墜以降、ロシアと断絶していたが、エルドアン大統領が突然、6月末にロシアのプーチン大統領と電話会談し、関係の正常化で合意した。7月半ばには、シリアとの関係正常化に意欲を示すトルコのユルドゥルム首相の発言もあった。

 このような外交の急展開は、シリアで米軍の支援を受けたクルド人が急速に勢力を拡張するのと同時進行で行われたものであり、米国との緊張が高まることにもなりかねないシリアへの越境作戦の前に、ロシアとの関係を正常化し、シリアとの間でも敵対関係を緩和する動きだったと見ることができる。

 ユルドゥルム首相がアサド政権との関係正常化を示唆したことは衝撃的だったが、アサド政権もYPGの連邦制の宣言を批判している。トルコにとっては国内治安の重大事であるクルド問題に対応するためなら、反目してきたアサド政権とさえ協力するというマキャベリズムである。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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