コラム

【解説】トルコのシリア越境攻撃――クルドをめぐる米国との確執

2016年09月05日(月)12時54分

 トルコのエルドアン大統領は8月9日、ロシアを訪問し、プーチン大統領と会談した。この会談を含むトルコとロシアの関係正常化について、クルド系インターネットサイト「ラダウ」に分析記事が出た。トルコの専門家の見方として、トルコはクルド人を国境地域から排除するためにロシアと軍事的な情報交換を行い、越境作戦についても事前にロシアに連絡していたはずだとしている。

 さらに、ロシア人の外交専門家の見方として、「トルコはクルド人勢力の進軍を止めようとしてもロシアとの断絶関係によって動きがとれなくなっていた。トルコはロシアとの関係を正常化することで状況を変えようとした。トルコの戦闘機が空爆するためにシリアの上空を飛行するのは、ロシアが昨年11月にS-400地対空ミサイルをシリアに配備して以来初めてとなった」と書く。

 トルコの越境作戦の始まった日に、アメリカのバイデン副大統領がトルコ入りし、エルドアン大統領と会談した。バイデン氏はトルコの軍事作戦への支持を表明し、「YPGはユーフラテス川の東に退却するだろう。もし、従わなければ、米国の支援は受けることはできなくなる」と警告した。このように、トルコの越境作戦は米軍とも連携したものであるが、トルコ軍がジャラブルスの南やマンビジの北へのSDFへの攻撃を続けていることなどを見ると、米国とはどこまで同意しているのは気になるところだ。

外部勢力の利害優先の非情さ

 トルコのシリア越境作戦で見えてくるのは、シリア情勢がトルコやロシア、米国、イランという外部勢力の利害によって動かされ、シリア国内勢力は、外部勢力に振り回され、駒として使われたり、捨てられたりするという政治の非情さである。

【参考記事】「瓦礫の下から」シリア内戦を伝える市民ジャーナリズム

 例えば、クルド人勢力は米国が進めるシリアでのIS掃討作戦の主軸を担って波に乗っていたが、地域大国のトルコが軍を動かしたことで、米国はトルコの顔色をみるような動きになっている。YPGは反トルコという立場から、ロシアともアサド政権ともパイプを持っていたが、トルコがロシアやアサド政権と外交的に接近すると、簡単に取引材料に使われてしまう。

 クルド人勢力のYPGは元々、スンニ派の「自由シリア軍」など他の反体制勢力とは一線を画し、アサド政権軍との戦闘も控えて、クルド地域の安全を確保することに終始していた。それが米軍の支援を受けて攻勢に出た。IS支配地域への攻勢だけでなく、春以降、シリア北東部でアサド政権軍が支配していたハサカに激しい攻勢をかけた。その流れの中での「連邦制」宣言である。

 YPGがシリアでの足元を固めるためには、米国の仲介でトルコと、ロシアやイランの仲介でアサド政権と、それぞれ話をつけなければならないだろう。結局、内戦に関与する周辺国と米国、ロシアの介入抜きでは、停戦も、和平もないという状況となっている。

スンニ派の分裂と受難

 さらに分裂しているのは、シリアのスンニ派勢力である。今回、トルコ軍は自由シリア軍やイスラム系武装組織を支援する形で軍事行動を起こした。反体制組織が集まる「シリア国民連合」はトルコ軍の越境について「トルコ軍による自由シリア軍の支援は、テロとの戦いを助け、国の分裂の動きを挫く」と評価する声明を出した。

 しかし、「シリア民主軍」(SDF)にはスンニ派勢力も参加しているが、そのスンニ派勢力が構成するジャラブルスの軍事委員会は、トルコの越境を批判して、「我々はISのテロと戦っているが、攻撃されれば自衛する」と声明を出し、抗戦する構えを示している。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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