コラム

ダッカ事件「私は日本人だ」の訴えを無にするな

2016年07月07日(木)11時36分

Toru Hanai-REUTERS

<親日国バングラデシュの首都で起こり、日本人7人が亡くなったレストラン襲撃事件。「私は日本人だ。撃たないでくれ」との懇願は間違いだったのか。日本が今、ISと戦争状態にあることは理解しなければならない。しかし、「力でつぶすしかない」と考えるのではなく、テロの正当性を論理的に崩していく努力が欠かせない> (写真は7月4日、無念の帰国を遂げた日本人犠牲者の遺体)

 7月1日、バングラデシュの首都ダッカ中心部のレストランがイスラム武装過激派に襲撃され、日本人7人を含む22人が殺害された。日本人が犠牲になり、それも刃物によって殺害されたということで、日本に衝撃を与えた。現地の目撃情報として日本人男性が「私は日本人だ。撃たないでくれ」と懇願したという話が伝わり、「日本人が狙われた」という反応ともなっている。

「私は日本人だ」と訴えた日本人の気持ちはよく分かる。私もその場にいたら、そう叫ぶだろう。そう叫んだ日本人のことをSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で、「日本人だから撃たれないというのは傲慢だ」「いま日本人は狙われるのを知らないのか」などと評している言葉を見ると、多分、中東や南アジアのイスラム世界に住んだことがない人だろうと考える。

 私はバングラデシュに行ったことはないが、日本に来ている外国人イスラム教徒の取材をした時に、日本で中古車ビジネスをしているバングラデシュ人のイスラム教徒に何人か話を聞いたことがある。親日的で、穏やかな人たちだった。その後、ドバイの経済状況を取材した時に、その時のつながりを思い出して連絡したら、ドバイで日本から送られて来た中古車の仲介をする業者を紹介してもらった。ドバイでも親切に対応してもらった。

 中東に住んでみると、日本人ということでみな親切にしてくれる。驚くほど親日的である。バングラデシュも親日的な国である。そこでの支援事業に関わっている日本人であれば、バングラデシュ人から日本人が敵意を持たれることなど想像もつかないだろう。

 私は長年、中東の国々で取材してきた。都市部だけでなく、情勢が不安定な地方都市や町や村を訪れることも少なくないが、初めて訪れた場所で、日本人ということで歓迎されたことはあっても、反発されたり、敵視されたりした記憶はない。イラク戦争後のイラクのスンニ派地域で米軍攻撃が始まった後も、米軍による占領の実態について人々のインタビューを続けたが、身の危険を感じることはなかった。

 イラクで米軍攻撃をしている地元の反米武装組織の関係者にインタビューしたことがある。イラク南部のサマワに駐留していた陸上自衛隊について、「日本の部隊が米軍を助けるためにイラクに来ていることを認めることはできない。しかし、日本の部隊は戦争をするために来ているのではなく、復興支援のために来ているので攻撃はしない」と語った。反米武装組織と言えば粗暴で野蛮な人々を想像するかもしれないが、指導的な人物は、大学の講師や技術者というようなインテリである。

 イラクが日本人にとって危険になるのは、現在の「イスラム国(IS)」につながるアルカイダ系組織が日本人を含む外国人を拉致し、殺害し始めてからである。アルカイダの指導者だったビンラディンもイラク戦争を支持した国として日本を敵に認定した。ISはアルカイダの流れもくむ組織であり、日本を米国と同様に敵視する。2013年1月にアルジェリア南部での天然ガスプラントが武装した集団に襲撃され、日本人技術者10人を含む30人以上の人質が殺害された事件も、アルカイダ系組織だった。ダッカ事件と同様に、武装集団は現地のイスラム教徒を解放したが、日本人を殺害した。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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