コラム

もしも韓国が仮想敵国だったら?

2019年01月29日(火)17時00分

海上自衛隊の護衛艦「いずも」の韓国寄港が中止されれば、防衛当局の交流縮小が現実に Issei Kato-REUTERS

<レーダー照射や威嚇飛行をめぐる問題で日韓の対立が深まるなか、日本では、韓国は理屈が通じないし面倒だからいらない、という感情論が増えているが>

日韓関係が新たな様相を呈している。前提となるのは、昨年10月末に韓国大法院が出した朝鮮半島からの戦時動員労働者(いわゆる徴用工)を巡る判決である。周知のようにこの判決は1965年に結ばれた日韓基本条約とその一連の付属協定に支えられた日韓関係の根底を揺るがすものであり、大きな影響を持つ事となった。

しかしながら、この段階では、問題は依然従来の枠組みに留まっていた。何故なら、そこでの問題は、これまで同様、日韓両国間の「過去」に関わるものであり、またそれへの対処を巡るものでしかなかったからである。だからこそ仮令、判決の影響が一部の企業に及んでも、それ自身が、経済分野や社会分野等、「現場」の日韓関係に大きな影響を与えるとは予想されていなかった。

だが状況は、昨年12月20日に日本海上で発生した「レーダー照射問題」以後大きく変化した。なぜならこの問題は、日韓間に横たわる日本海上、両国海軍が向かい合う「現場」で起こったからである。そこにおいては韓国海軍駆逐艦から自らの哨戒機に対して攻撃用レーダーが照射されたと主張する海上自衛隊とこれを否定する韓国海軍が正面から対立し、併せて韓国海軍は、海上自衛隊哨戒機が「威嚇飛行」を行ったとする主張をも展開した。両者は自らの主張を支えるべく「証拠」となる動画や写真を公開し、事態は両国軍事当局による各々の世論を相手とする宣伝戦へと発展した。

大きく損なわれた信頼関係

日韓両国の軍事当局者の意見が対立する中、実際の「現場」で何が起き、どうしてこの様な深刻な対立にまで至ったのかについては、筆者は判断し得る情報を有していない。しかしながらここで重要な事が2つある。第一はこの問題を巡る対立により、安全保障の第一線に立つ両国の軍事当局者の信頼関係が大きく損なわれた事である。よく知られている様に、共にアメリカを同盟国とする日韓両国間では、これまで時にアメリカ等の関係諸国を介して、またある時には直接、様々な軍事協力が行われて来た。とりわけ近年においては、核開発を進める北朝鮮を牽制し、何よりも急速な軍備拡張を進める中国に対する連携として、この協力関係は重要なものとなってきた。

だからこそ、この様な日韓両国の軍事当局、それも最も直接向かい合う事の多い、海上の「現場」にて、不信感が高まる事の意味は重大である。日韓両国の間には、竹島/独島を巡る領土争いが存在し、その近海を含む「暫定水域」の管理という厄介な問題が存在する。実際この海域では、過去には2006年には、日本による竹島近海への調査船派遣を巡る両国政府の対立が起こっており、事態のエスカレーションを避ける為には、「現場」の冷静な対応が必要になっている。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story