コラム

習近平、集中化と民主化の境界線

2016年04月26日(火)16時30分

 「集権化」を説明する具体的事例は枚挙に暇がない。習近平総書記は、一身で党と国家と軍のトップの地位を掌握している。中国共産党の序列一位として中央委員会総書記の職に就き、同時に、国家主席として国家元首の地位にあり、国家の軍隊のトップである中華人民共和国中央軍事委員会主席、中国共産党の軍隊のトップである国家中央軍事委員会主席を務めている。そして4月21日の報道によれば、あらたに中央軍事委員会連合作戦指揮センター総指揮に就任した。英語では"commander in chief"。総司令だ。

 これに加えて習近平総書記は、政権発足後から1年を経た2013年12月以降、次々とあらたに設置した政策調整組織のトップの職に就いている。習近平政権における改革の総方針を策定する中央全面深化改革領導小組の組長、国防に限らず国内治安も含めた安全に関する問題を総括する中央国家安全委員会の主席、情報安全問題を担当する中央ネットワークセキュリティー・情報化領導小組の組長、人民解放軍改革を担当する中央軍事委員会国防・軍隊改革領導小組の組長、国家の経済運営を担当する中央財経領導小組の組長である。これらの小組は、議題設定から政策立案、政策決定の過程における集権化を制度的に保証するものだ。

 また、各国家機関に設けられている中国共産党の細胞組織である党組が中国共産党政治局常務委員会に報告する制度を、習近平政権は復活させた。これは政策実施、政策評価の過程における集権化を制度的に保証するものである。

 こうして、今日の中国政治は、議題設定にはじまり、政策立案、政策決定、政策実施、政策評価という政治過程の全ての段階について、その権限を習近平に集中する制度を整えている。

なぜ「集中」させるのか

 なぜ集権化するのか。すなわち権力を習近平総書記に「集中」させることの理論的根拠を、中国政治はどこに求めているのだろうか。すでにニューヨークタイムズ紙が報じたように、王滬寧中国共産党中央政治局員が、その重要な役割を担ってきたようだ。

 王滬寧政治局員は、中国共産党中央政策研究室主任でもある。習近平総書記の動静を伝えるテレビ報道において、常に習近平のそばあって映像に映り込んでいるように、習近平総書記の特別補佐官のように、政権の政策過程においてきわめて重要な位置を占めていると目されている人物である。昨年11月、王滬寧主任を特集した党系列の『環球人物』誌が回収された。第24頁から9頁にわたって「王滬寧 政治的人生」と題する特集が組まれていた(邦字紙では『朝日新聞』が報じている)。王氏は、江沢民総書記、胡錦濤総書記、そして習近平総書記と三代の総書記に仕え、中国共産党の執政方針の理論化に貢献してきた。そうした事物の功績を評価する特集記事を組むことによって、「個人の偶像化」につながりかねないとして回収されたという説もあるが、いずれにせよこのことは、中国政治における王滬寧主任の位置づけの高さを示唆していよう。

プロフィール

加茂具樹

慶應義塾大学 総合政策学部教授
1972年生まれ。博士(政策・メディア)。専門は現代中国政治、比較政治学。2015年より現職。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員を兼任。國立台湾師範大学政治学研究所訪問研究員、カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所中国研究センター訪問研究員、國立政治大学国際事務学院客員准教授を歴任。著書に『現代中国政治と人民代表大会』(単著、慶應義塾大学出版会)、『党国体制の現在―変容する社会と中国共産党の適応』(編著、慶應義塾大学出版会)、『中国 改革開放への転換: 「一九七八年」を越えて』(編著、慶應義塾大学出版会)、『北京コンセンサス:中国流が世界を動かす?』(共訳、岩波書店)ほか。

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