コラム

習近平、集中化と民主化の境界線

2016年04月26日(火)16時30分

 1994年に中国共産党中央政策研究室に入る前、上海にある復旦大学教授であった王滬主任は、1988年3月に「現代化過程における政治指導方法のあり方に関する分析」と題する論文を執筆していた。

 この論文のなかで王滬寧主任は、政治指導の重要な役割とは経済資源や人的資源、物的資源、自然資源、知的資源等の社会資源の配分であり、政策決定の難易度と範囲が飛躍的に高度化している今日、経済の急速な成長を促すためには、民主的、あるいは分散的な政策決定の体制ではなく、「決定権の集中」モデルが必要だと論じていた。こうしたモデルを説明する過程で、同論文は「1955年体制」ともいわれる自由民主党による長期政権下のもとで経済成長を実現した日本を事例の一つにしていた。

「集中」と「開放性」

 現政権の「集中」が、この王滬寧論文に強く影響を受けていると考えられるのは、王滬寧主任が「決定権の集中」ととともに提起した「政治体系の開放性」というモデルについても、現政権が実践しているからである。

 もちろん「開放性」とは、政治的自由を意味しているわけではない。王滬寧論文がいうのは、発達した精緻な「情報収集のための手段やネットワーク」をふんだんに活用し、社会経済の発展の方向性やその指数を精確に把握し、「社会が政治システムに提起する要求を十分に理解する」ことが必要だということだ。こうすることで社会資源を合理的に配分することができるというのである。

 王滬寧主任が提起する「開放性」を、現政権は「協議民主主義」という概念に置き換え、政策決定に際して社会が表出する多様で複雑な要求を適切に収集するための、あらたな制度の設計を試みてきた。

 例えば、国有企業や私営企業経営者や教育者、弁護士、医療機関関係者をはじめとする中国社会の中間層およびエリート層との情報共有や政策協議のためのプラットフォームの整備と機能の拡充である。これまで中国共産党は、彼らを自らの政党の中に取り込んだり、あるいは、中国共産党以外の政党(民主諸党派といわれる)や中華全国工商業聯合会といった団体のメンバーが国政にたいして政策提案をする場である中国人民政治協商会議で彼らの要求を聴取してきた。

 習近平政権は、この中国人民政治協商会議の機能の強化に取り組んでいる。ここでは詳論しないが、幾つかの地方では実験的な改革がすすめられている。あるいは地方の一部都市の末端の行政レベルでは「民主懇談会」というものを開催し、住民の生活に密接な関連をもつ問題についての政策決定に、住民が直接的に意見表明できるようなメカニズムの実験、普及、そしてその実践に努めている。

プロフィール

加茂具樹

慶應義塾大学 総合政策学部教授
1972年生まれ。博士(政策・メディア)。専門は現代中国政治、比較政治学。2015年より現職。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員を兼任。國立台湾師範大学政治学研究所訪問研究員、カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所中国研究センター訪問研究員、國立政治大学国際事務学院客員准教授を歴任。著書に『現代中国政治と人民代表大会』(単著、慶應義塾大学出版会)、『党国体制の現在―変容する社会と中国共産党の適応』(編著、慶應義塾大学出版会)、『中国 改革開放への転換: 「一九七八年」を越えて』(編著、慶應義塾大学出版会)、『北京コンセンサス:中国流が世界を動かす?』(共訳、岩波書店)ほか。

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