コラム

僕の秘密のニューヨーク案内part3

2010年01月18日(月)11時22分

 ニューヨークの「隠れたお勧めスポット」の1つとして、ボウリング・グリーン1番地の建物を紹介するのはおかしいだろうか。

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 それはニューヨークで一番きらびやかな所、ブロードウェイの最南端にある。ボウリング・グリーンと呼ばれる小さな公園の目の前にあり、全体が一目瞭然だ。この街の高層ビルは遠くから見るとよく分かるが、近づくとうっかりすると通り過ぎてしまう。でも、この建物にはそんな心配はない。

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 僕はやっぱり、元は税関事務所だったこの建物をニューヨークの「知られざる名所」の1つに挙げたい。その壮麗さの価値を理解している人が、余りに少ないように思えるからだ。現在、ここはスミソニアン・アメリカ先住民博物館になっている(地下は破産裁判所だ)。博物館としても気に入っているが、本音を言うと僕を魅了するのは、この建造物そのものなのだ。そこにある展示物に負けないぐらい、この建物は素晴らしい。

 僕は建築の専門家ではないが、それはボザール様式で建てられたものだと、本で読んだ。凝った装飾は伝統に忠実に施されたということだ。この建物を表現するのに最もふさわしいのは「荘厳」という言葉だろう。設計したのは著名な建築家キャス・ギルバート。彼は後に、同じくブロードウェイ沿いを数分歩いた所にある建築の傑作ウールワースビルも手がけている。

 一番の特徴は、建築用語で「ロタンダ」と表される豪華なドーム型の天窓で覆われた大広間だ。1歩足を踏み入れれば、その空間の力に圧倒される。海洋貿易の時代、ニューヨークの「玄関口」としての役割を担っていた頃の重厚さを感じるはずだ。天窓は建築された当時(1902〜07年)は最大級だったため、割れ落ちてくると主張する専門家もいた。もちろん、そんな事故は今まで1度も起きていない(ここでロケが行われた映画『ゴーストバスターズ2』ではゴーストに叩き割られたけれど)。

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 建物の正面口には素晴らしい彫刻があしらわれている。一番特徴的なのは、アジア、アフリカ、アメリカ、ヨーロッパの「4大陸」を表した像だ(僕が学校で習ったのは「5大陸」だけど、ここにはユーラシア大陸がない)。像に名札がついているわけではないが、どれがどの大陸を指しているかは簡単に分かる。ヨーロッパの像にはパルテノン神殿が彫刻され、アフリカにはスフィンクスが、といった具合に目印があるからだ。

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ヨーロッパ大陸


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アフリカ大陸

 それでも、細かく彫刻されたデザインがそれぞれ何を意味しているのかをゲーム感覚で当てるのは楽しい。例えば、アメリカの像には車輪が彫られているが、これは進化と産業化の象徴だ。


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アメリカ大陸


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アジア大陸


 この4大陸の像を手がけたのは、ダニエル・チェスター・フレンチ。彼もまた著名な彫刻家で、ワシントンのリンカーン・メモリアルに座るあのリンカーン像の作者でもある。

 目を上に移せば、そこには8人のアーティストによる「12の海洋国家」を表現した彫刻がある。それぞれが歴史上のどの海洋超大国を表しているかを識別するのは至難の業だ。遠くてよく見えないし、分かりにくい。

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 僕が最初に訪れたとき、12カ国のうち分かったのは6カ国だけだった。ローマ人とギリシャ人は比較的分かりやすいが、ジェノバ人とポルトガル人は難しい。一番右端の彫刻はイギリスだ。若かりし頃のビクトリア女王によく似た女性が見て取れる。

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ベネチア


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ギリシャ(左)とローマ


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フェニキア


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フランス(左)とイギリス


 建物の中に入っても、実に見事な内装の数々に目を奪われる。大理石の柱、ゴージャスな照明、窓にも装飾があしらわれ、ここにもまた彫刻が施されている。

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 中でも僕が思わず見とれてしまうのは、ロタンダに描かれた一連の壁画だ。設計当初にはなく、後に1930年代になって付け加えられたものだ。8枚で構成され、それぞれがニューヨークに航海船が乗り入れた際のさまざまなシーンを描いている(例えば、自由の女神がやって来たときや、水先案内人が船に乗り込むなど)。

 下の一枚は、ヨーロッパから映画俳優が訪れた際の「記者会見」場面を描いたもの。人々が飛行機ではなく船で旅行していた時代を思い起こさせる。

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 これらの壁画が描かれたいきさつにも僕は感動した。それは大恐慌時代のこと。ルーズベルト大統領はニューディール政策の一環として、公共の場に芸術作品を取り入れることを奨励したり、生活に苦しむアーティストを雇ったりしたという。 

 壁画を依頼されたのは、ニューヨークに住む人たちの暮らしを生き生きと描くことが得意な画家のレジナルド・マーシュ。報酬は1560ドルと非常に安かったにもかかわらず、引き受けた。しかもフレスコ画の技法でという依頼に応えるために、その道の専門家に自分のポケットマネーからアドバイス料を支払ったというから、マーシュが実際に受けとった額はもっと低かっただろう。彼の功績はもっとたたえられていい。この町を代表する素晴らしい建築に、壁画という付加価値が加わったのだから。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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