コラム

円安誘導をもうアメリカは許さない

2016年05月03日(火)17時30分

 今回の米為替報告書の指摘を受けて、日本側は「我々の対応は制限されない」とドル買い・円売り介入も辞さない構えとのこと。国内向けには強気のコメントができても、果たして同じことを対外的にも発信できるのか?という部分はさておき、実際のドル買い・円売り介入のハードルの高さを考えてみましょう。

 ①②はすでにオーバーしていますので、③の設定より、今後GDP2%以上の為替介入が実施されれば日本は米国の制裁措置の対象となります。具体的には実質GDPから換算するなら10.6兆円、名目GDPなら10.0兆円相当が米国から制裁措置を発動されないためのドル買い・円売り介入の限度額となります。

 10兆円の為替介入が果たして効果があるのか。2011年、東日本大震災の後、1ドル75円を見た当時、民主党政権下で為替介入が実施されましたが、その年のドル買い・円売り介入の総額は14.3兆円でした。同規模の介入を今実施すれば「為替操作国」と認定されてしまうわけです。それでも当時はこれを機に、為替レートは反転してドル高円安方向に進んだのだから、それなりに効果があったのではないか?と結論づけるのは尚早です。この時は日本の震災という異例事態を受けて、直後にG7から「日本における悲劇的な出来事に関連した円相場の最近の動きへの対応として、日本当局からの要請に基づき、米国、英国、カナダ当局、および欧州中央銀行は、日本とともに為替市場における協調介入に参加する」との緊急合意があったのです。

 現状では各国どころか、米国から合意を取るのは難しいだけに、協調介入の可能性は震災当時のような余程の激しい値動きや円高水準でなければ現実的ではありません。ここ20年ほどの協調介入と言えば1995年の円売り介入、1998年の円買い介入、2000年のユーロ買い介入ですが、為替市場でトレーディングをしていた経験則から申し上げると、各国との協調介入でないと効果が期待できず、日本だけの単独介入となれば、その効果については懐疑的にならざるをえません。つまり、日本が手持ちの10兆円枠をギリギリ使ったとしても、単独介入である限り円安となる効果は極めて限定的で、効果がほとんど期待できない上に、しかも「為替操作国」と同盟国から認定されるリスクを抱えながら実施する介入に意味があるのか?という疑問がわいてきます。そして、そもそも日本経済全体にとって円安の効果はいかばかりなのか、真摯に分析・検証する必要があるはずです。

 ちなみに2011年の協調介入での各当局の介入額ですが、米国10.00億ドル(1ドル当時の80円換算で800億円)、カナダ1.24億ドル(99億円)、英国1.25億ドル(100億円)と公表しています。ECBは金額の公表はしていませんが、ECBの外貨準備の変動額から4.20億ドル(336億円)相当ではないかとの試算がされています。斯様に日本以外の各国の介入実施額は極めて少ないのです。大量の資金を投入して力技で為替市場を反転させるというより(為替市場の規模を考えれば、各国当局が総力を結集しても土台無理)、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に則って、逸脱した為替レートはアナウンスメント効果を狙って修正する作業に徹する、ということになります。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日銀、金融政策は維持の公算 利上げスタンスも継続へ

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月速報50.1に低下 サービ

ビジネス

インドネシア中銀、政策金利据え置き ルピア安定を重

ワールド

関税・貿易戦争、世界経済の秩序損なう 中国国家主席
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 4
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「…
  • 5
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 6
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 7
    なぜ世界中の人が「日本アニメ」にハマるのか?...鬼…
  • 8
    日本の人口減少「衝撃の実態」...データは何を語る?
  • 9
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 10
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 8
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story