コラム

安倍政権でさえ忘れる日本...我々は歴史から学べないのか

2023年08月18日(金)16時33分
安倍晋三、日本、石戸諭

賛否の分かれた政権だからこそ振り返るべき TORU HANAIーREUTERS

<忘れられたニュースを問う石戸諭氏のコラムの最終回。安倍元首相死去から1年の区切りでも、メディアは山上容疑者の動向などを追うばかり。賛否が分かれた憲政史上最長の政権を検証する動きはあまりにも乏しい>

安倍晋三元首相が亡くなってから7月で1年を迎えた。この間、私にとっての驚きは1年の節目が安倍政権とは何だったかという議論よりも、手製の銃で安倍氏を撃った――現段階では厳密に言えば「撃ったとされる」だが――山上徹也被告の近況や、山上被告の母親が入信している旧統一教会の話題がメディア上での主要なトピックになったことだった。

それ以外ではせいぜい自民党の最大派閥で保守色の強い旧安倍派を今後、誰が束ねるのかが話題になっていたぐらいだろう。今の日本社会において亡くなってしまうということは、存在そのものが過去になってしまうという現実をまざまざと見せつけられた。

安倍氏は日本の憲政史上、最も長く権力の座に就いた政治家だ。それも正統かつ民主的な選挙を重ねて選ばれてきた。その功罪の議論が盛り上がらず、過去になっていくのは忍びないものがある。

政策的にリベラルな面もあった

生前に長時間インタビューを重ねて出版された安倍氏の回顧録は順調に増版し、ベストセラーになってはいる。だが、それを基にして「アベノミクスの功罪」「集団的自衛権の解釈変更の是非」にまで議論を発展させている論客は限られるし、マスメディアが適切に議題を設定できているとは言い難い。

私個人の見解で言えば、安倍氏がアベノミクスで進めた金融緩和は労働市場にも好影響を与え、明らかに良い効果があった。デフレ脱却という面から見れば、欧米ならリベラル、左派政党が主張するスタンダードな政策だ。むしろ旧民主党政権がこの方向に舵を切れなかったことが、同政権や下野した旧民主党系勢力への幻滅を生んだ一因になっていると考えている。

だが、税率が5%から8%、10%になった消費増税は金融緩和というアクセルと同時に景気のブレーキを踏むようなものだったし、効果的な財政出動も十分とは言い難かった。ここは野党が突くべき論点なのに、一部を除き相変わらず漠然とした「アベノミクスか否か」ということばかり議論している。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

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