コラム

サウジが、仇敵イランと「関係正常化」合意の訳...中東の情勢と、根底にある打算

2023年04月13日(木)18時41分
イランとサウジの外相の北京訪問

北京を訪れたイランとサウジの外相(中央は秦剛・中国外相、4月6日) SAUDI PRESS AGENCY-HANDOUT-REUTERS

<イランによって直接・間接的に攻撃されてきた歴史を持つサウジが、イランと外交関係正常化の合意を発表。不信感の残るサウジがイランと和解する背景を分析>

サウジアラビアとイランの外交関係正常化に向けた合意が発表されたのは3月10日のことだ。共同声明には2カ月以内に双方の大使館を再開することで合意したなどとあるが、合意の全容は明らかにされておらず、何らかの条項が履行されたという発表もまだない。

当該合意に対する両国の認識の違いは顕著だ。

サウジのファイサル外相は、これは両国が意見の不一致を全て解決したことを意味しないが、対話を通して論争を解決したいという相互の意欲を示すものだと述べた。サウジの英字紙アラブ・ニュースは、サウジ国民が「不安、警戒、疑念、慎重な楽観」を持ってこれを受け止めていると報じた。

サウジの著名なジャーナリストで汎アラブ紙シャルクルアウサトの元編集長でもあるターリク・ホマイドは、国交再開で両国の「乖離」が過去のものになるわけではない、イランの核開発問題はわれわれの想像以上に大きいと警告した。

サウジにはイランによって直接・間接的に攻撃されてきた歴史と記憶がある。1987年にはサウジに巡礼に来たイラン人がサウジ批判デモを行って治安部隊と衝突し、400人以上が死亡。在イランのサウジ大使館をイラン人が占拠した。

96年にはイラン系武装勢力によりサウジ東部の州のホバル・タワーが爆破され、米兵19人とサウジ人1人が死亡した。2011年にはサウジのジュベイル駐米大使(当時)を狙った暗殺未遂事件が起こり、16年には在イランのサウジ大使館や領事館をイラン人が襲撃し、19年にはイラン系武装勢力がサウジの石油施設にミサイル攻撃を行った。イランへの不信が拭えないのも無理はない。

他方、イラン国営メディアのパルストゥデイは、当該合意はアメリカとシオニスト政権イスラエルの失敗だとし、イラン最高指導者ハメネイ師の軍事顧問であるラヒム・サファビ少将は、アメリカの覇権主義に終止符が打たれ、アメリカとシオニストの力の衰退の時代が始まったと述べた。

サウジにとってこれは、もし成功すれば利益の見込まれる合理的な取引であるが、イランはこれを対米、対イスラエルのプロパガンダに利用する。合意から2週間もたたない3月23日にイラン製ドローンが駐シリア米軍を攻撃し、米兵を含む7人を死傷させたことは、イランが引き続き「大悪魔」であるアメリカへの「抵抗」を続けるという意思表示であろう。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story