コラム

テロや殺人を扇動したのに、なぜか西側メディアに持ち上げられるイスラム指導者

2022年10月12日(水)11時20分
ユスフ・カラダウィ

カラダウィは単なる「著名なイスラム指導者」ではなかった MOHAMMED DABBOUSSーREUTERS

<イスラム法学者ユスフ・カラダウィは単に「影響力のあるイスラム学者」「スンニ派の代表格」と称されるべき人物ではなかった>

9月26日、エジプト出身のイスラム法学者ユスフ・カラダウィが死去した。彼についてロイター通信は「『アラブの春』の蜂起を支援し、エジプトや湾岸諸国の支配者をイスラム主義の説法で動揺させたムスリム同胞団の精神的指導者」、米ニューヨーク・タイムズ紙は「影響力のあるイスラム学者」と説明し、その訃報を伝えた。

しかし彼をイスラム教スンニ派の代表格であるかのごとく報じる妥当性については、検討が必要だ。

エジプトで4度投獄された後カタールに亡命したカラダウィは、1996年開局の衛星ニュースチャンネル、アルジャジーラに看板番組を持ち、数千万人の視聴者に向けて感情あらわにイスラム教を説くことで知られてきた。インターネットにもいち早く進出し、自身のウェブサイトを立ち上げた。

だが彼は単なる「著名なイスラム指導者」ではない。彼の主張に自爆テロの賛美や奨励、暴動の扇動、ユダヤ人やアメリカ人、同性愛者、背教者の殺害の正当化など、過激で暴力的な内容が含まれていたこと、そして彼が実際に大衆を動員する力を持っていたことは看過できない。

2001年には自爆テロを神に祝福された「殉教作戦」と正当化し、その実行者を「英雄」とたたえた。

04年にもパレスチナ人のイスラエルに対する自爆テロを「殉教作戦」と呼び、それを「神の正義の証し」と述べ、「体を爆弾に変える能力」は全能の神が「持たざる弱者」に与えた武器だと称賛した。加えて「何百人ものイスラム学者」がその「殉教作戦」を支持していると述べた。

「風刺画」暴動の背景にカラダウィの説教

デンマーク紙に預言者ムハンマドの風刺画が掲載された際には、世界各地でイスラム教徒による抗議デモが暴動と化し、200人以上の死者を出したが、風刺画掲載が05年9月であったにもかかわらず暴動の多くが06年2月以降に発生した背景には、カラダウィが2月3日にカタール国営テレビで「われわれは怒らなければならない」「怒りを世界に示せ」「立ち上がり、自分がムスリムであることを証明せよ」「われわれ自身で預言者の仇(かたき)を討たねばならない」などと説教したことが関係しているとみられる。

04年には、イラクにいる全てのアメリカ人は戦闘員であり、彼らを殺すことはイスラム教徒の義務だと述べた。同年、イスラエルの女は兵士だと断定して「殉教攻撃」の標的とすることを容認。06年には、ローマ教皇ベネディクト16世のイスラム教についての発言を「侮辱」だと批判。世界中のイスラム教徒に向かって、直後の金曜日を「怒りの日」とし、デモをするよう呼び掛けた。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story