コラム

コロナ禍で揺らぐ? イスラム諸国の一夫多妻制

2020年07月01日(水)18時10分

一夫多妻制はコロナ禍を経ても変わらない(アフガニスタン) JOSE NICOLAS-CORBIS/GETTY IMAGES

<物理的にも感情的にも、あらゆる点において平等に扱うことが一夫多妻の条件とされているが、外出制限が複数の妻の家を渡り歩くことを不可能にした>

コロナ禍による外出制限で夫婦が四六時中顔を突き合わせるようになり、夫婦関係が悪化して離婚が増加した──。日本を含む世界各国で今、こうした報道がなされている。

イスラム世界も例外ではない。しかし少々事情が異なる。一夫多妻制が離婚の一大原因となっているのだ。

イスラム諸国のほとんどは男性が4人まで妻を娶(めと)ることを認めている。『コーラン』第4章3節に「あなたがたがよいと思う2人、3人または4人の女を娶れ」とあるためだ。イスラム諸国では現在も、結婚や離婚、相続といった家族法の規定は、基本的に『コーラン』を主たる法源とするイスラム法に立脚したものが多い。

サウジ紙オカーズは、2月にサウジアラビアで成立した離婚契約件数は7482件で、30%増加したと報道。夫が秘密裏に別の妻を娶っていたことが発覚したケースを挙げ、「パンデミック(世界的大流行)と外出制限は隠されていたものを暴いた」と皮肉った。

一夫多妻は夫が複数の妻を物理的にも感情的にも、あらゆる点において平等に扱うことを条件と定めており、それもまた懸案となっている。外出制限により、複数ある妻の家を平等に渡り歩くのが不可能になったためだ。

婚姻に占める一夫多妻の割合が8.13%と湾岸アラブ諸国では最も高いクウェートで、この問題は特に深刻だ。

クウェート紙アル・ライは、もし外出制限などの理由で1人の妻の家にとどまらざるを得ない場合には、他の妻たちにその状況を受け入れるか離婚するかの選択権を与えるべきだ、というイスラム法専門家の見解を紹介した。

また、帽子の中に複数の妻の名前を書いた紙を入れ、外出制限中は名前を引き当てた妻の家で過ごし、その後、別の妻たちと同じだけの日数を共にすることで埋め合わせすることができる、という別の専門家の見解も紹介した。

近代的価値観から見れば、一夫多妻は明らかに男尊女卑的で女性差別的な制度である。コロナ離婚も増えた。しかし、だから廃止すればよい、といった乱暴な議論はイスラム諸国では通用しない。『コーラン』で明示的に認められた制度だからだ。

2019年にはエジプトのイスラム教研究・教育機関アズハルの総長アフマド・タイイブ師が、「一夫多妻は非常に多くの場合、女性と子供たちにとって不公平」と発言したところ、SNSが大炎上した。タイイブ師が国営テレビの番組内で、女性に対する不公平は改善していかねばならない、『コーラン』における結婚の基本は一夫多妻制ではなくあくまでも一夫一婦制だと述べたところ、同師が一夫多妻を禁じようとしていると解釈した一般のイスラム教徒たちが激怒したのだ。

【関連記事】「感染者は警察や役所でウイルスを広めよ」コロナまで武器にするイスラム過激派の脅威

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ

ビジネス

FRB、現行政策「適切」 物価巡る進展は停滞=シカ

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story