コラム

日本とは「似て非なる国」タイのコロナ事情

2020年05月06日(水)11時10分

バンコクでフェースシールドを着けて授業を受ける僧侶たち Soe Zeya Tun-REUTERS

<もともと政府への信頼が低いうえに、市民にはイスラム教徒のクラスター感染への不信と恐怖が広がっていた>

筆者が現在居住するタイで、新規コロナウイルス感染者が減少を続けている。3月22日に188人を記録したものの、4月12日以降は1日30人前後で推移。死者も累計で50人にとどまっている。

タイで取られたのは部分封鎖措置だ。3月18日に全国の学校や娯楽施設が、22日には首都バンコクで食料品店や薬局などを除く全ての店が閉鎖された。26日には非常事態宣言、4月3日には夜間外出禁止令が出されたが、日中の自宅待機は日本同様「要請」であり、職場や工場の閉鎖も命じられていない。

中国や欧米のような完全封鎖措置を回避しつつ、感染の封じ込めにある程度成功しているタイに、日本は範を求めることができるようにも思える。しかしタイと日本には違いもある。

バンコクの高架鉄道(BTS)の3月の利用者は、前年同月比で約半減した。外出する人がこれだけ減少した背景には、市民一人一人のコロナウイルスに対する強い警戒心があるとされる。

ギャラップ社が3月末、30カ国で実施したコロナウイルスに関する世論調査によると、「自分自身または家族のだれかが実際にコロナウイルスに感染するかもしれないと思う」という意見に対し、「そう思う」と回答した人はタイでは77%、日本では52%だった。アヌティン保健相は当初「新型コロナはただの風邪」と述べたが、政府に対する信頼度がもともと低いこともあり、市民は逆に警戒度を強めた。

またタイは現在、1年で最も暑い時期に当たり、日中は連日35度を超える。暑い時期に人々が集う涼しいショッピングモールやプールを政府はいち早く閉鎖した。外があまりにも暑いため、人々は自主的にジョギングや散歩に出ることはほとんどない。「要請」ベースであっても、おのずと高い割合で自宅待機が実現されるゆえんである。

一方タイには、日本には存在しない懸念もある。一部のイスラム教徒がクラスター(患者集団)となったのだ。源はインド発祥の国際的イスラム宣教団体タブリーギー・ジャマーアトである。タブリーギーは2月から3月にかけてマレーシア、インドネシア、インドで数百人から数千人規模の大集会を開催し、それぞれの国で大規模クラスターとなった。タイでも4月8日に確認された感染者111人のうち42人がインドネシアの集会に参加したイスラム教徒だった。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザの砂地から救助隊15人の遺体回収、国連がイスラ

ワールド

トランプ氏、北朝鮮の金総書記と「コミュニケーション

ビジネス

現代自、米ディーラーに値上げの可能性を通告 トラン

ビジネス

FRB当局者、金利巡り慎重姿勢 関税措置で物価上振
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story