コラム

保守党敗北 よりいっそう不透明化するイギリス政治

2017年06月12日(月)17時28分

もう一つの新しい動きは、メイ首相の率いる保守党の選挙マニフェストが、明らかに従来のサッチャリズムの新自由主義とは異なる新しい理念を掲げていたことである。それはメイイズムとも呼ばれている。

これは、労働者階級出身で、メイ首相の補佐官を務めるニック・ティモシーの影響とも言われており、そのマニフェストが浸透せず支持の獲得に失敗したティモシーは、補佐官を辞任する結果となった。

いまや保守党は進むべき道を見失い、EU離脱をめぐる基本方針の設定でも迷走している。もう一つ拒絶されたのは、保守党内で離脱の最強硬派であるデヴィッド・デービス離脱担当相の主導する「強硬離脱」の方針である。イギリス国民は明らかに、「強硬離脱」がもたらす経済的な悪影響にも不安を感じているのだ。

新たな総選挙・国民投票が必要となるかもしれない

これらを総合する結論として見えてくるのは、イギリス政治がこれから混迷の時代に突入することである。

保守党が連立政権あるいは閣外協力のパートナーとして選んだ民主統一党(DUP)は、イギリスの政党で最も強硬なプロテスタント系のキリスト教保守主義思想を擁しており、メイ首相が議会での多数を確保するためにそのようなイデオロギー的に過激な政党と提携することへの懸念が囁かれている。また、そのことによって、これまで平穏を保ってきた北アイルランド和平問題で、深刻な亀裂が再浮上する可能性が高い。

これからのイギリス政治においては、北アイルランド和平問題や、政治文化の左右の分断、そしてイギリス経済状況の悪化に伴う税収減と歳出増の見通しが、深刻な重荷となるであろう。さらには、EU離脱をめぐる基本方針がいまや大きく動揺して、保守党と労働党の双方の党内で深刻な主導権争いが始まる。

それにしても、キャメロン前首相による国民投票の挫折と同様に、メイ首相による解散総選挙の挫折はあまりにも悲惨であり、あまりにもイギリスの今後の政治に対する悪影響が大きい。

よりいっそう迷走し、混迷するイギリス政治は、ヨーロッパや世界にも少なからぬ影響を及ぼすであろう。イギリスはそれを解決するためにも、新たなる総選挙、あるいは新たなる国民投票が必要となるかもしれない。

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プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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