コラム

保守党敗北 よりいっそう不透明化するイギリス政治

2017年06月12日(月)17時28分

メイ首相は自らの力で党内を説得する努力を放棄して賭けに出たが Toby Melville-REUTERS

<サッチャーやブレアと異なり、党内説得から逃げたメイ首相の危険な賭けだったが、英保守党は6月8日の総選挙で見事に失敗した。これから、EU離脱交渉に影響するだけでなく、北アイルランド和平問題などが再浮上する可能性もある>

6月8日に実施されたイギリス総選挙の結果は、多くの者に驚きを与えることになった。メイ首相は、政権基盤を固める賭けに出て、見事に失敗をした。そして当初の予想よりもその敗北は、はるかに大きなものとなった。それまで下院で過半数を超える議席を確保していた保守党は、その賭けの失敗の代償として過半数を失ってしまったのだ。

【参考記事】英総選挙で大激震、保守党の過半数割れを招いたメイの誤算

テリーザ・メイ首相が4月18日に総選挙実施を発表した直後は、最大24ポイント差と、世論調査の政党支持率で保守党は労働党を大きくリードしていた。それゆえ当初は、メイ首相とその周辺は楽観ムードに包まれていた。

2015年の総選挙で勝利を収めた帰結として保守党は、650議席ある下院の議席のうち330議席を確保しており、過半数を4議席超える勢力を誇っていた。この度の解散総選挙ではそのような優勢を背景に、世論調査の数値を精緻に検討した結果として、過半数を100議席ほど超える上積みが可能だと見込まれ、地滑り的な大勝となることが予想されていた。

それによってメイ首相は、政権基盤を強化して、EUとの交渉をより強固な基盤と有利な条件で行うことができると企んでいたのだ。「強硬離脱(ハード・ブレグジット)」か「穏健離脱(ソフト・ブレグジット)」か、EU離脱の方法をめぐる党内の亀裂を乗り越えて、総選挙での圧勝を通じて自らに対する国民の信託を確保しようと試みたメイ首相は、結果としてその反対の困難な状況をもたらしてしまった。

メイ首相が解散総選挙を決断する時点での労働党は、党内の最左翼であるジェレミー・コービン党首の指導力に対する根強い反発が党内にあり、混乱する党内情勢を見ればとても総選挙の準備ができる状況ではなかった。首相に相応しい人物に関する世論調査においても、コービン党首はメイ首相から大きく突き放されており、国民の支持を得られていない状況であった。

それゆえ、多くの者が6月8日の総選挙での保守党の大勝と、労働党の大敗を予期していたのである。実際に総選挙直前の世論調査でも、保守党の圧勝と、大幅な議席の上積みを予想する報道が少なくなかった。

【参考記事】驚愕の英総選挙、その結果を取り急ぎ考察する

する必要がない解散総選挙と、側近のみで作成したマニフェスト

他方で、ここ最近のイギリス政治は混迷と不透明性に満ちあふれていた。そのような単純で直線的な選挙予測を拒絶するような、不確実性や予測不可能性が存在していたのだ。

2015年の総選挙では、いかなる政党も過半数を超えることなく「宙づり国会(ハングパーラメント)」になるという事前の世論調査の予測を裏切って、保守党が単独過半数を確保することに成功した。保守党は自由民主党との連立を解消して、1997年以来18年ぶりとなる保守党単独政権成立を実現させた。ここで世論調査が大きく外れたのだ。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story