コラム

保守党敗北 よりいっそう不透明化するイギリス政治

2017年06月12日(月)17時28分

また、2016年6月23日のイギリスのEU離脱を問う国民投票でも、僅差で残留するだろうという直前の世論調査の結果を裏切って、結局離脱が多数となるブレグジット・ショックをもたらした。これまで信頼されてきたイギリスの世論調査機関は、立て続けに予想が大きく外れて、信頼を失っている。

だとすれば、今回の解散総選挙でも、どのような結果になるかは簡単には予測し得なかったはずである。そのような不透明性や不確実性が存在することを軽視して、メイ首相とその補佐官たちはあまりにも楽観的に、解散総選挙での圧勝というシナリオに魅了されていたのだ。

ところが、その後1カ月半ほどの間に、驚くほどのスピードで労働党の支持率が上昇していった。その結果、メイ首相の表情には次第に焦りと困惑の兆候が増していった。

とりわけ、保守党のマニフェストが現実主義的に社会保障での国民負担を増やす必要に言及し、労働党のマニフェストが財源の根拠なくバラ色の政策パッケージを含めたことで、国民は労働党に希望を抱いていった。

メイ首相と、補佐官のニック・ティモシーなど、少数の側近のみで短期間で作成したマニフェストであるが故に、保守党のマニフェストに対する党内の不満は小さくなかった。それゆえに、保守党と労働党の政党支持率の差が縮まっていくと、メイ首相の発言は右往左往して、不安の色が隠せなくなっていた。

とはいえ、はたして保守党がどの程度の議席を獲得できるのかは、投票日当日まで予測が困難であった。投票日の直前の世論調査では保守党と労働党の政党支持率の差が、最も小さいもので1%、最も大きいもので12%となっていて、全く異なる数値を示していた。そのいずれかの数字を選ぶかによって、総選挙の結果の獲得議席数は大きく異なる。後者の数字を選んで、1980年代のサッチャー政権以来の保守党の大勝を予測する報道機関も少なくなかった。

しかしながら、選挙期間中の労働党の急速な政党支持率の追い上げによって、明らかにメイ首相の表情には焦りが見られていた。投票日直前頃には、報道機関によっては保守党の過半数割れの可能性が指摘されていたからだ。

自らが否定していた、する必要がない解散総選挙をあえて実施して、政権基盤の強化の目的を実現できないとすれば、保守党の党内から強烈な批判が浮上することはあまりにも明らかであった。そのような事態は、メイ首相の権力基盤を深刻に蝕むであろう。

キャメロンと同じで、メイ首相は弱さから総選挙に逃げた

そして、解散総選挙の結果は、保守党の過半数割れという無残なものとなった。メイ首相は危険な賭けに挑戦し、それに失敗した。まさに悪夢である。選挙翌日の『エコノミスト』誌のタイトルが伝えるように、それは「失敗したギャンブル」となったのである。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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