アングル:ロンドンの劇場が絶好調、米ブロードウェイより魅力的な訳

3月15日、ロンドンの文化・商業地区ウエスト・エンドの劇場は、チケット販売が過去最高ペースと好調で、何百万ポンドもの投資も集まっている。ロンドンのドミニオン劇場前で2月撮影(2025年 ロイター/Temilade Adelaja)
Barbara Lewis Muvija M
[ロンドン 15日 ロイター] - ロンドンの文化・商業地区ウエスト・エンドの劇場は、チケット販売が過去最高ペースと好調で、何百万ポンドもの投資も集まっている。新型コロナ禍期に導入された減税措置が来月から恒久化されるのを見据え、一部のプロデューサーが米ニューヨークのブロードウェイよりも英国を選ぶようになっていることが一因だ。
ロンドン劇場協会(SOLT)によると、2023年にウエスト・エンドで観劇した人の数は1710万人に上り、24年も同程度だった。新型コロナ禍により世界中で娯楽施設が閉鎖される前の2019年の1530万人に比べて大幅に増加している。
一方、米ブロードウェイ・リーグの統計によると、ニューヨークの観客数は新型コロナ禍前の水準から約2割減少している。
プロデューサーらはロンドンを選ぶ理由について、ブロードウェイに比べたコストの低さを挙げる。ブロードウェイにも同様の税制措置があるが、ロンドンほど充実していない。また、ロンドンには世界屈指の豊かな演劇の伝統があることも魅力だ。
SOLTの理事、パトリック・グレイシー氏は「知識と愛情の両方から断言するのだが、英国は演劇を制作し、そして観賞するのに世界最高の場所だ」と熱を込めた。
ウエスト・エンドとブロードウェイでショーをプロデュースした経験を持つグレイシー氏は現在の英労働党政権に対し、前保守党政権が導入した制度を維持するよう働きかける旗振り役を務めた。ツアー公演に対して、制作費の最大45%の税控除を提供する制度だ。
リーブス財務相は昨年10月、減税措置を今年4月から段階的に縮小せず、継続すると発表した。
ニューヨークを拠点に、両都市のプロデューサーと仕事をしている会計士で演劇専門家のスコット・バートルフ氏は「ロンドンはコスト自体が低い。それ以上に、税制優遇措置があるため迷う余地は無い」と述べた。
<画期的な税制優遇>
グレイシー氏の母国であるオーストラリアをはじめ、他国の演劇業界団体も自国に同様の減税措置を求めている。
豪演劇業界団体「ライブ・パフォーマンス・オーストラリア」は電子メールで「(この税制は)英国の演劇業界にとって画期的な措置となったことが広く認識されている。演劇関係の投資家にとっての英国の魅力が大幅に高まった」と説明した。
ロンドンの劇場ドンマー・ウエアハウスのヘニー・フィンチ共同最高経営責任者(CEO)は、税制優遇措置なしでは劇場の規模を縮小し、新作の数を減らさざるを得なかっただろうと語り、この制度が命綱になったと強調した。
税制優遇措置はツアー公演にも適用されるため、公共支出削減により多くの劇場が資金難に陥っているロンドン以外の地域も恩恵を受ける。
一方、2021年から実施されているニューヨークの税制優遇措置では、ブロードウェイの劇団が制作費の最大25%を税額控除申請することができ、1作品につき上限は300万ドル(約4億4400万円)だ。
総額3億ドルのこの制度は9月で期限切れとなるが、ニューヨーク市の予算案では1億ドルを追加して2年間延長される可能性がある。
それでも、バラエティ誌の外部編集者であるゴードン・コックス氏の分析によると、ブロードウェイでミュージカルを制作するにはウエスト・エンドの3―5倍の費用がかかる。
ブロードウェイ・リーグの推計では、2023―24年シーズン(23年6月―24年5月)の来場者数は1230万人で、過去最高だった2018―19年を16.8%下回った。
リーグのジェイソン・ラクス会長は、ニューヨーク郊外からの客足の戻りが遅いことが一因だと語る。チケット価格もロンドンよりはるかに高い。
またラクス氏から見ても、英国の税制優遇措置は魅力の一つだ。
同氏は「ブロードウェイの劇場は移転できないが、作品は移動できる」と語り、税制措置ゆえにプロデューサーがロンドンを選ぶ可能性があると指摘した。
<経済効果>
リーブス財務相はクリエイティブ産業を、経済成長の原動力になり得る産業のひとつに挙げている。1260億ポンド(約24兆2000億円)規模のこの産業は、他の経済分野に比べて新型コロナ禍からの回復が速かった。
SOLTの調査によると、観客が劇場チケットに1ポンド使うごとに、地元地域のバーやレストランなどに1.40ポンドが落ちることが分かっている。
ロンドン中心部には39の劇場があり、毎日何万人もの観客が訪れている。ブロードウェイの劇場数は41軒。
ブライアント観光相はロイターへの電子メールで「ロンドンは演劇ファンにとって世界一の目的地であり、毎年何十万人もの観客を引きつけ、首都の経済に多大な貢献をしている」と語った。
<地方と中央>
ロイターが情報公開請求により入手したデータによると、2021―22年度の劇場税控除額は、ロンドンでの公演が4200万ポンド、ロンドン以外の英南東部が600万ポンド、その他地域が各々100万―200万ポンドだった。
しかし地方の劇場も恩恵を受けている。
プロデューサーのジェイミー・ウィルソン氏は、ロンドンでの初演に先立ち、英南西部のプリマスでミュージカル「プラダを着た悪魔」を試験的に上演するという決断に、この税制が影響を与えたと語った。
ただ同氏は、地方の劇場は「インフラを維持するのに是が非でも資金が必要だ」と言う。SOLTが昨年7月公表した報告書によると、英国全体の65劇場に対する調査で、40%が資本注入なしでは5年以内に危なくて使えなくなると回答している。
一方、ウエスト・エンドの劇場数は需要を満たすには足りないとの声も出る中、英国に来るブロードウェイ作品が増えれば地方の劇場も潤うかもしれない。ウィルソン氏は「ウエスト・エンドの劇場では上演できないので、地方の劇場を探してミュージカルを上演することになるだろう。これは地方にとって素晴らしいことだ」と語った。