コラム

「法と秩序」を掲げるトランプの恐怖戦術にだまされるな

2020年09月02日(水)17時45分

ニューヨークの銃犯罪増加はほとんどがギャング間の抗争の結果だ SHANNON STAPLETON-REUTERS

<トランプが「取り戻す」と誓う大都市の「法と秩序」はそもそも崩壊していない>

ドナルド・トランプ大統領(と追随する共和党の政治家たち)が、ニューヨークは悪夢のようなディストピアになり果てたと主張している。その根拠は、今年6月の犯罪統計だ。昨年6月と比べて、ニューヨーク市の銃犯罪の件数は130%、殺人は30%、強盗は118%、自動車の盗難は51%増えたという。

トランプは11月の大統領選に向けて、「法と秩序」をスローガンの1つにしている。ニューヨークを含む全米の大都市は、民主党の政治家が首長を務めていることが多い。そこが荒廃しているということは、「民主党が市民を守れない証拠だ。トランプなら法と秩序を取り戻してやる」というわけだ。

それは、構造的な人種差別と、警察の黒人に対する暴力に抗議するデモ(と一部の騒乱)が全米に広がるなか、大統領の責任から大衆の目をそらす手段にもなっている。実際、この戦略は、一部有権者をトランプ支持に傾かせている兆しがある。

だが、賢人マーク・トウェインは言っている。「嘘には3種類ある。嘘、大嘘、統計だ」と。筆者はそこに、「恐怖は事実よりも私たちが信じることに影響を与える」という経験則を付け加えたい。

2001年9月11日に米同時多発テロが起きたとき、筆者はCIAで「高度尋問プログラム」に関わっていた。「高度尋問プログラム」とは拷問の婉曲表現だ。イスラム過激主義テロリストによって3000人ものアメリカ人が命を落としたのを見て、CIAでも報復を求める機運が強まった。

程なくして、筆者はある大物テロリストの尋問を任された。しかしこの人物は決定的な質問に答えなかった。それを本部に報告すると、「答えられないということは、嘘をついており、答えを知っている証拠だ」という返事がきた。そんなばかげた「分析」に、筆者は納得がいかなかった。それを本部に伝えると、今度は、本部のアセスメントに文句を付けるということは、筆者が「テロ」に対して「生ぬるい」証拠だと言われた。

このような思考回路がCIAにさえあったことを考えると、恐怖をあおられた一部有権者が、トランプの主張を受け入れるようになったとしても驚きではない。

だが、事実が物語るニューヨークは、トランプが語る「社会秩序が崩壊して、犯罪が蔓延するニューヨーク」とは異なる。

【関連記事】トランプが「法と秩序」でバイデンを追い上げ、差は誤差の範囲に
【関連記事】トランプ、黒人差別デモに発砲した白人少年は「正当防衛」

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏メディア企業、暗号資産決済サービス開発を

ワールド

レバノン東部で47人死亡、停戦交渉中もイスラエル軍

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story